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小説以外の無料公開について

▼ちょっいと出遅れた感ありますが

本日より、とりあえず過去に書いた小説以外のものを、なるべくフリーで公開していきたいと思います。公開の目安としては少なくとも一年以上は経過したものを、順次アップしていこうかと思っている。今読むとすごくつまんないものとかもあるわけだけれども、まあ、ひまつぶしの娯楽として楽しんでほしい。まあ、なにせ無料なわけだし。そんなに量はないだろうし。
なぜに突然いま? と思われるかもしれないが、なんとなくとしか言いようがない。電子書籍が盛り上がっている現在、ぼくはそれに対して楽観も悲観もしてはいない。こういった問題が浮上したときに人が取りうる態度は「するか」「しないか」だけだ(江古田ちゃんによると男はやるかやらないかが好きな生き物なのだ)。その善し悪しは博打のようなものであまり意味がない。どうせ後付で意味がつけられるのだから。
ぼくの考えは下記に引用するジャロン・ラニアーの『人間はガジェットではない』の冒頭に掲げられている緒言にけっこう近い。この緒言は当然ながらWebのなかで流通するということを考えて書かれているだろうから、おそれながらも引用させていただく。

緒言

今は二一世紀初頭。つまり、本書の言葉は、主に人でないモノに読まれるはずだ。いわゆるオートマトンや無感覚な群衆――個人としての行動をしなくなった人々の集合体である。言葉は、どこか遠く、世界のいずこともしれない場所に置かれた産業用クラウドコンピューティング設備で細かく切りきざまれ、粉々の検索エンジンキーワードとされる。キーワードは何百万回もコピーされ、どこかの誰かが、私が語ったことの断片にたまたま着目したとき、その人に広告を送りつけるアルゴリズムで利用される。ざっとしか読まない群衆によってスキャンされ、組み換えられ、不正確な形でウィキに使われ、そして、自動的にアグリゲーションされてワイヤレスのテキストメッセージストリームとなる。
本書に対する反応は、匿名の愚弄とわけのわからない議論という愚かな行為の繰り返しへと堕するだろう。私の言葉を読んだ人とその人が買った物、つき合った相手との相関関係をアルゴリズムが見つけるだろう。おそらくは近い将来、遺伝子との相関関係さえもアルゴリズムが見つけるようになるだろう。最終的に私の言葉は、コンピューティングクラウドの領主となれた人々の富を増やす一助となるのだろう。
私の言葉にはこのようにさまざまな運命が待ち受けているが、そのほぼすべてが純粋な情報という生命のない世界で進行するだろう。私の言葉を実在する人間の目が読んでくれるのはごく一部の例外的なケースとなるだろう。
それでもなお、私が言葉を届けたい相手は、あなただ。私の言葉を読むもののごく一部しか占めないあなただ。
本書の言葉は、コンピューターに読ませるためのものではなく、人間に読んでもらうために書かれている。
自分というものがなければ、自分を公開し、共有することなどできない。私はそう信じている。

純文学は主に人間の普遍を描き、SFは人間の極限を描く傾向があるけれど、どっちにせよ読むのは人間なのでそれなりの認知の歪みを含んでいるし、人間が受容するのに最適な形に落ち着いている。仮に読むのが人間以外なら、彼らの読みやすいように最適化されるだろう。というわけで一万年後にぼくが生きていたら、人間以外が読む本なども書いているだろう。たぶん。それはこのぼくじゃないかもしれないのだけれど。

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