Skip to content


ここは浅間山ではない

 

▼もはや定番書籍になった感のある養老猛先生の『バカの壁』であるが、たまたまテレビで「つまりバカの壁というのは固定観念のことです」と言っておるのを聞いて、なるほどと唸った。本を読まなくてもひとことで内容が分かってしまった。この本に書いてあることは要するに、食わず嫌いはいかんということなのである。そんなことは誰もが先刻承知だが、TVで食わず嫌いを題材にした企画が成り立つ程度には、世の中にはやはりまだ壁を壊せぬ方々が多いらしい。ちなみに自分は経験主義者でありバカの壁などとは無縁だ。
このあたりまで書いて、「『バカの壁』を読んでないのに読んだ気になってる自分もやっぱバカですってオチじゃねーの?」などと言っておる老獪な読者諸君の声が聞こえた。然り。が、教訓はもうひとつある。
自分は以前、自らの精液を飲んでみたことがあるが、食塩をぶち込んだ卵白のように大変しょっぱかった(ここはユリイカと叫ぶところですよ)。官能小説やエロティックなゲームの世界で精液は「苦い」というのが定番だ。やはり実践は重要である。こうした日々の探求から、小説のリアリズムというのは立ち上がってくるのだ。断言してみたものの、自信はない。
が、しかし、自分はそのとき執筆していた官能的小説に、迂闊にもなぜか「苦い精液」と記してしまった。自らが手にした真実を余人に知らしめるのがにわかに惜しくなったのだ。唾棄すべきこの事実。脳内の浅間山にて自己批判と総括の嵐が吹き荒れまくった。三日三晩悩んでたどり着いた場所、それは「まあいいや」という悟りの境地であった。つまり、自分が諸君らに伝えたい教訓とは、経験主義もほどほどにしておけということである。壊す必要のない壁もまたある。ついでながら、巷には、飲むと精液の味が良くなるという成人向け商品が存在するようだ。あるいは、偶々その日は塩味だっただけかも知れぬ。機会があればまた試してみる所存である。
[`evernote` not found]

Posted in ユリイカ, 売文保存庫, 随筆.

Tagged with , , , .