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中島らも(本名:中島裕之)VS海猫沢めろん(本名:中川裕之)

▼大阪人にとって中島らもというのは不思議な存在である。
大阪にはヤクザと商人と漫才師しかいない――というのはよく言われることだが、確かにこれは事実である。私が子供の頃はこの三種類以外の職業は存在していなかった。だからコピーライターなどという横文字の職業などはむろんあるわけがない。あってもそれは東京の職業で、大阪では成立しないものだと思っていた。だがしかし、中島らもはコピーライターだった。つまり、中島らもは大阪人ではない。「ソクラテスは人間である、すべての人間は死ぬ、だからソクラテスは死ぬ」――これが三段論法であるが、これに従うと「すべての大阪人はヤクザと商人と漫才師である、中島らもはコピーライターである、だから中島らもは大阪人ではない」ということになる。論理的には。
では大阪人にとっての中島らもは一体なんだったのか。
それは、ウーパールーパーである。
寒天のようにぷるぷるした真っ白な身体、つぶらな瞳、アホ面、80年代に話題となった謎の生物。それがウーパールーパーだ。今ではメキシコサラマンダーという和名で普通に売られ、熱帯魚屋さんなどにいけば手軽に飼うことができる生物になっているが、登場当時はトカゲだかカエルだかわからないその姿にマスコミは驚き、コロコロコミックはウーパールーパーを主人公としたマンガを連載した(ドラえもんをウーパールーパーに置換したような作品であったような気がする)。無理もない。アルカイックスマイルじみた神秘的表情を浮かべたウーパールーパーは、どう見てもこの世の生物ではなく、宇宙生命体としての存在感に満ちあふれていたのだ(本当はただのサンショウウオらしいが、怪しいものだ)。
私は大阪のお好み焼き屋で、おっさんがテレビに映った中島らもを見て「確かにこいつは関西人なんやけど……どことなく関西人ではないような気もするねんなあ……」とボヤくのを聞いたことがある。確かに中島らもは変である。吉本新喜劇的な「しょうもなさ過ぎておもろい」こともあれば、東京的な「うますぎて笑えない」こともある。大阪人の粉モノに対する執着にツッコミを入れるときの、アウトサイダー的視点。常に酩酊しているようで(実際、酩酊していたのだが)なにを考えているのかわからないその顔。ウーパールーパー的という他ない。
私が中島らもと出会ったのはトイレの中だった。
子供のころ、マンガとゲームに耽溺していた私は、本など読まなかった。だが、それでも唯一本を読む場所があった。トイレである。私はなぜかストレスが腹に来るタイプで、嫌なことがあるとすぐにうんこがしたくなる。当時、一番嫌なこととは「学校へいくこと」であり、次に嫌なことが「学校でうんこをしたらいじめられる」という事実だった。そういった強迫観念から、必ず毎朝一時間近くトイレに篭もることになる。しかしそれでも、小、中合わせて九年間で五回ほどはうんこをしてしまった。幸い、職員用のトイレを使ったので同級生にはバレなかった。
うんこは脇に置いて話を戻そう。
受験生のいる家庭では、トイレやフロの中で英単語やら地理やらを覚えるのが普通のようだが、うちのトイレにはカレンダーと本しかなかった。むろん私が受験生ではなかったせいもある。並んでいたのはソローの『森の生活』や『地球に生きる』というエコロジー本、そして、中島らも『明るい悩み相談室』であった。うちの両親は大阪生まれで、中島らもと世代が近いこともあり、今思えばいかにも浪花のヒッピーが読みそうな本ばかりだったのだが、うんこしながら読むのに『明るい悩み相談室』は最適であった。そのうえ、勉強にもなった。例えば「お爺ちゃん、お婆ちゃん、お母さん、お父さん、お兄ちゃん、なぜ妹だけ〈お〉がつかないの?」という質問は(……確かに……なぜだ)とこちらを悩ませる。しかしそれに対し、中島らもは鮮やかに一休さんばりの老獪な解答で切り返す(詳しくは本を読んでください)。そんな『明るい悩み相談室』に感銘を受け、他の著作を読んだかというとそんなことはない。なぜなんだろうと考えてみるが、たぶん作者で本を読むという読み方を知らなかったのだ。読書の初心者は題名で本を選ぶ。著者名を見て内容が推測できるのは「江戸川乱歩」(乱暴なことが起きそうだ)と「団鬼六」(鬼のようなことが起きそうだ)くらいだ。
そのあとも中島らもは、人生の節々に現れた。
ある日、一人暮らししていた大阪の部屋に母親から『ガダラの豚』が送られてきたのだが、ぱらぱら見て読むのをやめた。長かったからである。その頃、私はいっぱしの読書家気取りで「中島らも? そんなヌルイもの読んでられるかよ!」といった、自尊心(中二病)も芽生えていた。あと、テーマが宗教もののように見えたので読まなかった。その数年前に、私は妙な新興宗教にハマっていて、そこで修行をしていた。だが、あるときアトランティスとムー大陸に関して教祖と意見が対立して論争になった。ちなみにアトランティスはプラトンの著書に出てくるが、ムーのほうは妖しげなイメージで、同じモノとする教祖と、文献からするとぜんぜん違う、という私と意見が対立したのである。議論はバミューダ海域に沈んだクリスタルやお互いの前世についてなど、高橋克彦か菊地秀行の伝奇ばりの展開を見せていた。このとき、大阪環状線の西九条にある六畳一間は、人類滅亡を左右するハルマゲドンの舞台と化していたが、誰も気づかなかったと思う。
そんなハルマゲドンを闘い抜き、私はそのうち社員が四人(社長、私、先輩、アルバイト)しかいないプランニング・デザイン会社の社員になった。とても嫌だった。とくに理由はなくて、会社に行くという行動そのものが嫌だったのだ。朝起きるのが嫌だった。スーツを着るのが面倒だった。通勤途中に腹痛に襲われて何度も駅のトイレでうんこをしたが、そのときにちょうど、後追いで『今夜すべてのバーで』を読んで酒が飲めたらどんなにいいだろうと思った。酒が飲めたら毎日酩酊しまくってどろどろに酔って、会社にもいかずに家に篭もってひたすら酒を飲む。病院に入院して会社が休める。そんなことを考え、駅でうんこをしていたらどうしても遅刻してしまうため、三年間勤務していて出勤時間を守ったことは一度もなかった。遅刻しなかった中学生の頃のほうがまだマシであった。
そうして出勤しても私は、「つくね」とか「炭火焼きチキン」「本格焼き鳥」などのポップを一ヶ月かけてデザインする自分の仕事に疑問を持たざるを得なかった。つくねの写真を撮りながら「いいねえ~いいよ~」「じゃあ次はこの棒をいれてみよっか?」と話しかけ、(つくねは……なぜつくねなのだろう?)と、根源的すぎて問いかけても意味がない自問自答を繰り返した。そのうち、会社近くの格安の妖しげな部屋に引っ越したが、寝ていると毎晩金縛りになり、風呂場から大量の髪の毛が出てきたりして、ノイローゼで鬱になってしまった。
エロスとタナトスが表裏なように、鬱と笑いというのも裏と表のようなものだ。普段明るい分、影は濃かった。本気で鬱なときというのは感性が全閉鎖しているので石になっているのと同じである。感受性など皆無なので本も音楽もモノの役に立たない。その状態で笑うことなど、ほとんど不可能に近い。中島らもが『明るい悩み相談室』をやめたのは鬱病のせいだったというが、私は会社をやめることなくそのまま通い続けた。なんとか鬱を乗り切るために楽しいことを考え、食品会社の毎月の食品新聞のロゴをエヴァンゲリオン風にしたり、つくねのシールデザインをアニメのロゴっぽくすることに凝りはじめた。むろん、社長がほとんどボツにした。私はほとんど廃人になっていたと思う。しかし、中島らもはその状況でも笑いを生み出した。どうやって? それは長いこと疑問だったが、近年『何がおかしい』を読んで、その謎がようやく解けた。デペイズマンを利用していたのだ。
デペイズマンというのは「手術台の上のミシンと蝙蝠傘の出会いのように美しい」のように、わけのわからないものをかけ併せて生まれる異化効果のことである。このシュールリアリズムの手法は、躁病的直観から生まれる笑いとは違い、鬱状態で無理矢理作り出す笑い独自の、どこか論理的な匂いを残す。あの笑いの謎が少し解けた気がした。もっと早く知っていれば、私もデペイズマンの手法で超ヤバイ「本格焼き鳥」や「つくね」のポップをを生み出せたのに……。
やがて、私は会社の自分の席に電子ジャーを持ち込み、米を炊くようになり、あまつさえ、その米を他の社員に売ることまではじめた。社長はそれでも我慢した。私は退社した。
そのあと、ラジオ局で放送作家のはしくれのようなことをするのだが、そこでは中島らもというのは関西のサブカルチャー的才能の代名詞だったために、プロデューサー的な人が「らもさんはさあ……」「らもさんが……」と、ことあるごとに名前を出す。無意味に神経を逆なでされたので、絶対に笑えるようなものは書かないでおこうと思った。そして書かなかった。その結果、依頼が来なくなった。
私は中島らもを憎むようになった。
しかし、大人になってから中島らもを再読したら、とても面白かった。小説を書くようになってから読んだら、もっと面白かった。その頃にはもう、中島らもを憎んではいなかった。
かように、中島らもというのは大阪人の人生と密接に関わっている。大阪人の家にはたこ焼きプレートと共に、中島らもの本が一冊あるはずだし、そこにはいろいろな想い出がある。そういうわけで、やはり、大阪人にとって中島らもは、愛すべき謎の生命体であるところのウーパールーパーなのである(ちなみにウーパールーパーの英名がアホロートルである、という事実に他意はない)。
ところでこの文章において、これまでやたらと「大阪人にとって」「大阪人から見ると」と書いてきたが、実は私が兵庫県育ちであることは内緒だ。

初出:ユリイカ


Posted in ユリイカ, 売文保存庫, 随筆.

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