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TBSラジオ「文化系トークラジオLife」に出演しました

昨日のTBSラジオ「文化系トークラジオLife」に出演させていただきました。
テーマは「旅」でした。
ゲストという形で、アニメの聖地めぐりの話や、後半はちょっと内面へのトリップの話など、すこしだけ話に加わりつつ、こっそり新刊を宣伝したり、大変おもしろかったです。
出演者の皆さん、メインパーソナリティのチャーリー。ありがとうございました。
僕はかなり古くからのLifeリスナーで、本編はもちろん、ポッドキャストの外伝も全部聴いています。Lifeはいつも創作のネタになるような突っ込んだ話が聞けて、考えるきっかけになり、今回の新刊『ニコニコ時給800円』も、Lifeのパーソナリティやリスナーの情報に助けられた部分がありました。

放送を聴けなかった方もぜひ、近々アップされるPodCastをダウンロードして聞いてみてください。

メモ:
・旅は「行って帰ってくるもの」だけれど、柳瀬さんの「帰ってこない旅がある。それをしてきたのがアメリカ人」という話でブラッドベリの『火星年代記』を思い出した。なるほど、あれは確かにそう考えるとアメリカ的な話かもしれない。

・紹介した植島さんの『聖地の想像力』における聖地と、アニメの聖地にはいろいろと違いがある。具体的な部分では、前者が場所に規定されてしまうのに対して(たとえばストーンヘンジなど、動かせないものがあったりするので、場所とモニュメントがセットで考えられている)、後者は読み替えの自由がある。ゆえによりハッキングしやすい。ぼくが他の聖地ではなくAirの聖地が好きなのは、あれが「らき☆すた」の鷲宮神社のように具体的な場所ではなくて、どこにもありそうだけど、どこでもない場所だからです。いくらでも聖地を作り出せるけれど、おそらくそのとき見つめているのは記憶の中にある聖地であって、その場所ではない。データの海に埋没し、自分の記憶にアクセスしている瞑想的な時間なのではないかということです。要するに、どこでもない景色を通じて、自分のなかにあるひとつの聖地を見つめている。

・斎藤哲也さんが自分の複数性はどうなるのかという疑問を提示されていましたが、ぼくは、日常を非日常として見ている自分は、そのとき、フィクションの聖地にいるキャラになっている=キャラとしての自分と実存としての自分、という二重性を抱えているのではないかと思っています。

・旅というのは、ある場所の疑似データを、現実にそこへ行くことによって同期させて 、その差分を味わうということでもある。そしてその差分というのは番組内で宇野くんが言っていた「偽史的想像力」の一部かもしれない。

・身体性とか超越に落とし込まれちゃうのはぼくもすごく嫌いで、そうじゃない道としてネットワーク(アーキテクチャ)があるが、両方を同時に展開させていくことは可能か。

・チャーリーの疑問「身体性でわかるわからないという格差。ニコニコで書かれている、働かされる側ではなく、店長の側、自己啓発でうまくやれたほうの問題をどう考えるのか」(うろおぼえだ……もっかい聞こう)この問題に関しては結論が出ていないので、きっちり考えなくてはいけない。

・あと、アキハバラを聖地=珍しい観光名所として扱っているひとほどわかっていないことが多いんだけど、アキバで重要なことは「プライベートスペースの拡張」。あれはオタの部屋がスケールがでかくなったものであって(だから昔は、路上にエロゲのポスターが貼ってあるという事態になっていた、ってことだと思う)、非日常ではなくて、オタにとっては日常の拡大に近い。

※ちなみに訂正ですが、見田竜介さんを、見田宗介さんの孫と言っていますが、これは息子さんの間違いです。

 



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