Skip to content


Life感想戦「東京論2012」

ustream_life201205.jpg

こんにちは。大阪にいたときでさえ『東京人』を買っていたいなかっぺ大将のめろん先生です。帝都が好きです。でも上京したら帝都じゃなかった! まさに「TOKYO幻想(イリュージョン)」(BY Λucifer)!

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=ImUew1Yru3A[/youtube]

放送も終了し、アーカイブされているので聞いている途中の人も多いと思います。今回は風邪が長引き……体調不良のなかしゃべったのですが、なにをいったのかよく分からない……。主に話したのはフィクションの中の東京というところ。

IMG_0916.jpg
※「東京論2012」Part8(外伝2)をダウンロードする(mp3 31’35″)

↑をクリック

まあ、フィクションの東京っつーと

90年「新宿鮫」
93年「東京トライブ」
96年『不夜城』新宿
00年「ウエストゲートパーク」
02年「木更津キャッツアイ」
05年「電車男」秋葉原

ドラマとかメジャーどころだとこのくらいかなあ。ちなみに、オレのなかではメガテンと乱歩はデフォです。常に東京はあんなかんじです。

▼サブカルチャーと東京

東京に住み始めてかれこれもう15年。いろいろ変わったような変わらないような気がしますが、サブカルチャーの中での東京の扱いっていうのはわりと変わったかも。
たとえばアニメでは00年代ごろから、東京という土地の記憶や固有性をもとに物語を引き出すのが減ったと思う(まあ……これはオリジナルアニメ自体が減ったからそう見えるのもあるけど)。明らかにご当地とかそっちにいってる(むろん、制作予算とか会社の問題とかいろいろあるけど……)。

▼ゲームボードとしての東京

物語生成装置としての東京はちょっと難しくなった反面、ゲームボードとしての東京というのは使い勝手がよい。ゲームでは、相変わらず東京を舞台にしたものがある。最近では、『STEINS;GATE』がヒットしたり、ほかにもいろいろある(龍が如く428カオスヘッド東京魔人學園女神転生TOKYOヤマノテBOYS。むちゃくちゃだかスルーでたのむ)東京はそれぞれの街が多様化して個性を持っていて、物語ではそれをまとめあげるのがむずかしくなったんじゃなかろうか。

しかしながら、物語でもゲーム性が高いものは全体を描ける。たとえば全国制覇とか都内で争うヤンキーものは基本構造が戦国群像劇なのでひとつのルールで全体をまとめやすい。

▼アニメにおける東京の描かれ方の変化について、及び物語生成装置としての東京

80年代のアニメは理想のトウキョウ、メガロポリストウキョウみたいなのを描いてた(ウラシマンのネオトキオ、バブルガムクライシスの「メガ東京」、メガゾーン23の舞台80年代東京。アキラ「ネオトウキョウ」とかね)。

[youtube]http://www.youtube.com/watch?v=UaRmVgCwXFw[/youtube]

90年代前半、は『帝都物語』など、トウキョウという土地から物語を掘り起こすやりかたの物語が注目されてた。個人的には大塚英志の作品に描かれる東京に惹かれてたなあ……摩陀羅天使編とか、東京ミカエルとか……未成熟の象徴としての東京。

90年代後半にはエヴァが出てきたんだけど、ここでの東京ってのは第三新東京市なわけだが、これは箱根にあるんだよね。ここで土地の記憶はリセットされている。

00年代、アニメでは東京っていう土地特有の物語が希薄になる。地方を描くことが流行る、ハルヒの神戸、かみちゅの尾道、おねてぃの長野、らきすたのサイタマ、鷺ノ宮神社が代表(ラノベとかマンガまざってるけどすまん。わりと思いつきで書いてるから自分で整理してくれ)。

では、今どうなってるのか、というと、ご当地アニメの系譜が続いている。

埼玉県・秩父市「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない」
長野県・上田市「サマーウォーズ」
千葉県・鴨川市「輪廻のラグランジェ」
神奈川県・江ノ島「つり球」
石川県・湯桶温泉をモデルにした『花咲くいろは』
広島県・竹原市を舞台にした『たまゆら』
千葉県・鴨川市の『輪廻のラグランジェ』

むろん東京を描いているものはなくないが、東京というものにこだわりがない、普通の描かれ方をしている。

▼ゲームの東京、物語の東京

アクセル・ワールド〈1〉黒雪姫の帰還 (電撃文庫)

そんなわけで東京はゲームと物語にわかれてしまった、というふうに仮定して話を進めてきた。
で、いまちょっと新しい東京の描き方未来を感じさせるものがあって、それが「アクセル・ワールド」なんだよなあ。ほんとにこれはよく出来てる。
近未来の東京が舞台で、AR技術が発達してる世界。ここで主人公はブレインバーストというゲームに巻き込まれていくんだけど、このゲームのなかでは東京のエリアごとに各種の色の王がいて、トライブがある(このへんはヤンキーマンガ的)。主人公たちはレペゼン杉並。ゲームなんでたまにイベントとかあるんだけど、スカイツリーや皇居なんかのランドマークを使ってAR的にアレンジされてる。つまり、この作品は「ゲームの東京」と「物語の東京」――二つの東京を描けてるんだよなあ。
うーんやるなあ。

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)

ちょっとアニメからズレるんだけど、こないだ坂口くんの「独立国家のつくりかた」読んでて、国家の中に別の国家がレイヤーでのっかっているというのが面白かった。いろんなリアリティが多層的になっているという。人間が複数のリアリティを生きているっていうのはべつに今にはじまったことじゃないし、当り前なんだけど、今と昔がちがうのは、スマホとかそういうデバイスによってその複数性をいろいろと組み合わせることが可能になってるというとこ。カードゲームのデッキのように自分でレイヤーを組み合わせる――カードゲーム的リアリズムとも言える。

▼カードゲーム的リアリズム?

マジルヨル:ネムラナイワクセイ

この話を書いておこう。
こないだ22歳くらいのHello Sleepwalkersという若手バンドと話をしたときに、ちょっと驚いたんだけど。彼らはとくに熱中してる趣味はないけど、唯一お金を使う趣味があって、それがなぜか「マジック・ザ・ギャザリング」なんだよね。大学の友だちとやりはじめたっていうんだけど。世代的に遊戯王とかデュエマとかは通過してるはずで、それで、ギャザに回帰っていうのはいい話だなあと思ったんだけども。

そんとき、ぼくが言ったのは、70~80年代生まれの第三世代オタクあたりはゲーム的リアリズムが濃厚なんだけど、90年代生まれ以降の第四世代オタクはカードゲーム的リアリズムで生きてるんじゃないだろうかってこと。
前者と後者で一番大きなちがい、それは――

 ・相手が機械のコンピューターゲーム=クリアできないように作られているものは絶対にクリアできない!
 ・相手が人間のカードゲーム=勝敗に絶対はなくて、相手デッキとの相性と運によってなんとかなる場合がある。

っていうところ。
カードゲームの場合「絶対に負ける」ことが確率的に低い、ってのはデカイ。そういうところからオプティミズムが……みたいな話をするとものすごくバカっぽいけれど、RPGで経験の先取りをしてたオレからすると、子供のころにゲームで得た実感っていうのはほんとにその後に影響してくるから、あなどれない。

▼で、秋葉原について

東京スカイツリー論 (光文社新書)

東京っていうと個人的に外せないのはアキバなのだが。
05年の秋葉原の再開発と電車男ブームをさかいにアキバは変化した(むろんその前から変化してたけどな)。森川嘉一郎が指摘した官から民、そして個へ……見られる渋谷と隠す秋葉原、これらは現在なくなっている。個の街だったアキバは官によって再開発されて大人しくなり、建築も透明度を増した。趣都以降の展開は、『東京スカイツリー論』で中川大地さんが指摘しているのでスタジオで直接聞いたのだけれども、「都市のシャッフル化」が起きているという(これまたカードゲーム的リアリズムの気配)。お台場にガンダムが作られたり、ということらしい。たしかに……渋谷にはまんだらけがあるしアニメイトがセンター街に引っ越した。アキシブ系っていう音楽ジャンルもあるしなあ。

アキバ関連で読んだことがある本っつーと。

趣都の誕生 萌える都市アキハバラ

まず定番として趣都の誕生―萌える都市アキハバラ (幻冬舎文庫)これは文庫版が良い。増補部分も入っていて街の移り変わりの速さに驚く。05、06年はやっぱり変わり目だったんだなあ。

アキハバLOVE

アキハバLOVE「萌えはロックだ」という主張がなんだか懐かしい! ニルヴァーナのリチウムの歌詞に共感するモモーイが厨二臭くて良いです。放課後、アキバ通いをしていた彼女も、2006年に書いた原稿のなかで、「アキバがちやほやされていて複雑だ!」と書いている。

アキバが地球を飲み込む日―秋葉原カルチャー進化論 (角川SSC新書)

アキバが地球を飲み込む日―秋葉原カルチャー進化論 (角川SSC新書)は、アキバ経済新聞の記事総括。07年に編集長が大竹まことのゴールデンラジオに出演している。基本的に中身は同社の記事をトピック事にダイジェストを含めて補足する形。リアルタイムで体験していた観光地化するアキバと、再開発あたりの記事がなつかしい。

アキバをプロデュース 再開発プロジェクト5年間の軌跡 (アスキー新書 035)

アキバをプロデュース 再開発プロジェクト5年間の軌跡 (アスキー新書 035)秋葉原クロスフィールド産学連携機能プロデューサーが「高野の午睡」ならぬ「アキバの午睡」をめざし、秋葉原をテクノの高野山にするべくがんばったよ。という話。

アキバ☆コンフィデンシャル―愛と教養の秋葉原史

アキバ☆コンフィデンシャル―愛と教養の秋葉原史はアキハバラの歴史を世界史になぞらえて展開する。いきなりアキハバラはカンダーラ川のたまもの、ラジオポタミア文明の隆盛、コウツウハクブツカン神殿、など、語呂合わせが大変わかりづらく、まったく頭に入ってこない(笑)しかしながら、他のアキバ歴史本ではあまり掘り下げない部分が光っている。それは06年にヨドバシのマルチメディア館ができる家電の勢力とは別に、コンテンツを売る、とらのあな、K-BOOKS、メロンブックス、ブロッコリー、海洋堂、ボークス、アニメイト、を七王国として戦乱の時代としているあたり。ダジャレが多くて読みづらい……のだが……ところどころにマニアックな情報があることは確か(ファンロードの浜松克樹、@homecafeの立ち上げメンバー河原美花、などに触れているところはグッド)。

都市としてのアキバにはそれほど興味がないのであんまり読んでいないのだ。

そんなわけでスタッフのみなさま、出演者のみなさま、ありがとうございました。風邪がうつっていないか心配しつつ、リクエスト曲を聴かれなかったので勝手に流します。

SADSで、tokyo。

トーキョー! 狂ぅったまちー!

[`evernote` not found]

Posted in life感想戦, その他.

Tagged with , .