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イタコに太宰治を降ろしてもらってみた

そろそろ季節も夏めいて、お盆も近くなってきました。今年も7月20日~24日にかけて恐山大祭なるものが行われます。東北地方に古くから伝わる霊能者イタコさんたちが恐山に集い、死者の声を聞かせてくれるというこのイベント。最近では森達也さんのルポ『オカルト』でも紹介されました。オカルト  現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ

3年前にぼくは太宰治と対談をするために、ひとりでここを訪れました。朝から東京を出てローカル鉄道をのりつぎたどりついた大湊。ひとけのないホームから見た陸奥湾。バスに乗って山を登った先に見えたあの鏡のような宇曽利山湖。駅前で食べたラーメン。ひなびた温泉。「これぞ旅!」という、非常に思い出深い旅行でした。そんなわけで、そのときの記事です。


日本には三大霊場と呼ばれる山がある。即ち――高野山、比叡山、恐山である。恐山は、下北半島の中央に聳える霊峰であり、七月二〇日から大祭が行われ、そこにはイタコがやってくる。梅雨の明けた二〇〇九年、七月二〇日。ぼくは太宰治と対談をするために、青森県へと向かう列車に乗っていた。

イタコとは霊能者のことである。盲目・半盲目になってしまった女性が、生活の糧のために師匠のイタコへ弟子入りし、苦しい修行を経て、能力を身につけて独立。「口寄せ」により、死者の世界にいる先祖や肉親・友人・知人と、現世に生きる人との仲立ちをし、今は亡き人の意志を伝達する。これを「仏降ろし」という。
今年はちょうど太宰の生誕一〇〇年。ぼくは、イタコに太宰治を降ろしていただいて対談するという、非常に罰当たりで人間失格なことを考えたのだった。

新幹線は東京から三時間半で八戸へ到着する。
青森は思ったより近い。東北線特急スーパー白鳥へ乗り換え、昼ごろに野辺地駅へ到着。さらに大湊線へ乗り換えて、二時間ちょっとで下北へ到着する。駅前には恐山行きの臨時バスが用意されており、一〇分ほど待つだけでバスに乗ることができた。大祭初日の真っ昼間だというのに、乗っているのは、ぼくの他には、ジャージを着て帽子を被った、二人連れの初老の女性のみ。人が多いところが嫌いなので、このくらいがちょうど良い。
バスはむつ市街を走り、まがりくねった恐山街道に入る。
車内に女性の音声で、恐山の由来や沿革を語るテープが流れる。
しばらくすると、バスが不意に路肩に寄って、停車した。
あたりはまだ木々に囲まれた坂道の中腹。運転手が前方を指さして「冷水をどうぞ」と言てドアを開ける。道のむこうに、ひしゃくで湧き水を飲んでいる人が見えた。
行ってみると看板が立っており「恐山冷水 その冷水なる 水は不老不死とも うたわれ 登山する人を 喜ばせている」とある。
老女ふたりが、冷水をガブ飲みしているのが見えた。

地元の人も汲みに来る


そのうちに道は下りになっていく。坂道がゆったりとしてきて、森の濃さも心なしか薄くなってきたちょうどそのとき、前方の視界が広がり、緑のふちと山に囲まれた巨大な鏡のような湖が見えた。宇曽利湖だ。湖の脇には白いトタンの民宿があり、そこに黄色い看板で「元祖イタコ」「イタコの館」と書かれた看板。これが恐山のイタコか?と、思っていたら、バスはそこを通り過ぎた……どうも違うらしい。

元祖……とは?


やがて、湖のむこうに「伽羅陀山地蔵願王大菩薩」と筆書きされた巨大なのぼりが、風になびいているのが見えた。バスは白い砂利が敷かれた駐車場に停車する。降り立つと正面に本堂。携帯電話を見ると、電波が一本も立ってない。東京から約六時間、ついに恐山に到着した。

恐山

入り口で入山料の五〇〇円を払ってパンフをいただき、正面の総門をくぐって境内に入ると、すぐ右側にアイスクリームの販売ブースと人だかり。白い文字で「イタコ口寄せ」と書かれた、大人の背丈くらいの青いトタン看板が立っている。青いビニールシートに覆われた小屋の前で、日傘を差した人々の列に並ぼうとしたが、待てよと思い直す。時計を見るとまだ昼の三時台。まずは境内を一巡りしてからでも遅くはあるまい。

これがイタコの口寄せだ


大祭とはいえ、どうもあまり賑やかな雰囲気はない。石造りの常夜灯の間を歩いていると、脇のほうに幻覚的な極彩色の塊。
近づくとそれは、積み石に供された、色とりどりの風車や菓子であった。どうやら水子供養のようだ。手を合わせて進むと、湯気に煙る昔の木造兵舎のような建物がある。看板には「男湯」とあった。参拝用のパンフを見ると、境内には古滝の湯(男湯)、冷抜の湯(女湯)、薬師の湯、花染め湯、四ヶ所の浴場が記されている。
どうも無料らしい。
本堂で参拝をすませ、境内の西側に向かう。地面は舗装されておらず真っ白で、ガスのせいで草木がほとんど生えていない。幼少期に遊んだ採石場を思い出す。
順路と書かれた看板に沿って歩く。見れば見るほど不思議な景色である。真っ白にハゲた、凸凹の激しい大地、至る所に積まれた小石の山。荒涼とした白い地面と、子ども向けのカラフルな供物の強烈なコントラストが、網膜に残像を残す。

異界めいている


背後は吹き出すガス。あたりにもっさりとした硫黄の臭い。小高い丘に登り、あたりを一望すると、眼下に、陽の光を受けて輝く浅瀬がつづく極楽浜。ぼくはそこへ降りていく。
浜には、クロックスの小さな靴や、キティちゃんのお菓子。サッカーボール。けろっぴの風船。子どものための贈り物がたくさんあった。

ただただ茫然


無間地獄


境内に戻り、いよいよイタコだとうきうきしながら列の最後尾に並んだ。そうして一五分ほどで妙なことに思い当たる。
……どうも最初に見た列と顔ぶれがそう変わっていない気がする……。
厭な予感を抱えて待つこと三〇分。
動かない。
まったく動かない。
一時間が経過しても、列は微動だにしなかった。
時計を見るともう五時近い。門が閉まるまであと一時間しかない。
これは……無理か。
この調子ではイタコが三倍速で口寄せしても不可能。
じっとしていられず列から離れ、外の駐車場に出てあたりを見回していると、角刈り茶髪、長渕似の若い男がタバコを吸っていた。よく見るとタクシー会社の制服を着ている。
「すいません。口寄せというのは、皆さん何時くらいから並んでるんですか?」
「イタコが? あー、ほんどに見てほしい人さ、朝の四時がら並んどるで」
「四時……」
「今年はイタコが四人しかおらんで、そんでも難しいんじゃねが?」
朝の四時でも無理。これはもう、絶望的。
困った。
しばらく考えて、ぼくはバスの中から見た民宿のことを思い出した。
「あそこの黄色い看板の元祖イタコはどうですか?」
「あそこも並んどるんじゃねが?」
しかし、そこに賭けるしかない。
太宰も『津軽』で言っていたではないか“元気で行かう。絶望するな。”と。

民宿まではタクシーで三分もかからなかった。
看板の立てかけられている小屋は民宿の倉庫だったらしく、入り口あたりにはスチール棚や農作業用具がたてかけられている。入り口の開け放たれたドアから中をのぞくと、頭に手ぬぐいを巻いた老人がひとり、祝詞のようなものを唱え、その前で老女がうなだれている。
イタコだ!
間違いない。しかも待っている客は一人もいない。
これは……いける。
ぼくは運転手に礼を言ってお金を払うと「イタコの館」の入り口に腰掛けて、前のお客さんの口寄せが終わるのを待った。大蛇のように首に巻き付けた黒い数珠をじゃらじゃら鳴らしながら、リズミカルな東北弁で詠われる祝詞。ぼくは太宰の成年月日が書かれたメモと、小さなICレコーダーを用意しながら、ふと、なにかにひっかかった。
目の前の老人は、男なのだ。
イタコってそもそも……女しかなれないんじゃ……?
一抹の不安を覚え、待つこと三〇分。
ぼくの番がやってきた。

座布団に座る。
「どこからきた」
イタコは少し日に焼け、声が枯れ、みのもんたに酷似していた。
「東京の文京区です」
「知っとるよ。おれ、しょっちゅう渋谷とかNHKいくんじゃ。なんかメモしよったが、イタコの本でも出すか?」
警戒されてはいけないと言い訳する。
「いえ……本とかじゃないです」
「おにいちゃん。あのさ。イタコの言ってることわかるが?書けるが?」
首肯する。
「うぬぼれんなっつうんだ!」
キレた! なぜ!?
「唱えごとなんかわかるわけない!イタコの内容っていうのはイタコの弟子なんないと書けん。大学には残ってるよ?資料が」
大学? 話が……よくわからない……。
「まあ、わたしもいちおう大学の教授だから……」
イタコの大学教授……!?……インディ・ジョーンズを超える新しさだ!
「いろんな本がイタコのこと書いてるけど。あんなもん、みんなちゃんちゃらおかしい。唱えごと、経文、千差万別だって。修行しなければわからん。流行歌は覚えるられるだ? 三郎の歌じゃねえけど、はるばる来たで~函館~みたいな……あんなもんとはちがうんだあぁ!!」
またキレた!? なぜ!?
なぜ、説教されているのかよくわからぬ。黙って聞いていると、今度はこっそり置いてあるぼくのICレコーダーに気づいたらしく、
「恐山の中さ行ってそんなもん録音してたらぶん投げられっど!」
とさらに怒られる。
イタコがみのもんたにしか見えなくなってきた……。
「おれは別にいいんだ。どうぞあんたの好きなようにすりゃええ。頭ひねるのがオチだ。おにいちゃん。本職なんね?」
なんとなく嘘を吐きづらくなってきて本当のことを言う。
「小説家です」
「調理師?」
いや……いくら小説家が斜陽産業といえ、そこまで聞き間違えるかフツウ……。
「小説家です」
驚いたような顔をされた。
「あぁー!そうがぁ……ちょっと手だしでみろ。ふむ。かなり苦労するど」
知ってます。
「せっかく来たから名刺やろう……」
名刺をくれた。
「で、おにいさん。名前はなんての」
「筆名ですか?」
ぼくも名刺を出す。
「出したくねえど思で……隠そうと思うとったか?……ん……これで……なんて読むんだ。うみ……」
「うみねこざわ めろん です」
「これ……名字?かわった名字だな……めろん!珍しい名前だなあ!こりゃ!初めてお目にかかった!」
この反応……本名だと思われている!?
「君の成功を祈りたいなあ~。めろん殿」
「はい」
「おれ、メロン食いてえな」
「……はい」
もう、なにがなんだか……。
「で、誰呼んでみるわけだ。誰かホトケ呼びたいのか?」
ぼくは正座する足に力を込めた。
緊張の一瞬。
「ダザイ、わかりますか?」
言ってしまった。ついに。

「ん?」
イタコの眉がぴくりと動いた。
「誰?」
「ダザ……イオサムという人……なんですけど」
中東あたりの人だと思ってくれないかと祈ったがあっさりバレた。
「聞いたことあるな?」
イタコの眉間に力が入る。イタコはしばらくじっとぼくの目を見つめて、無言になると溜息をついた。
「あのさ……こりはさ、前ににも言うたんだけど。ああいう有名人なんてよ。簡単に呼ぶもんではないよ。ふざけるなって。記念で呼んでくれつう? ……ふざけるなぁっっつんだああっ!」
またキレた!
何度怒られればいいのですか……。あとから来て並んでいるお客さんの視線が、背中に刺さる……小声でヒソヒソと囁く声が聞こえる(あの人、ダザイですって……?)ものすごく、痛い……。
「ソノコさんならいいよ。おれ近しいから。……でも」
え?
ちょっ!? まっ……ソノコさん?突然出てきた謎の名前に戸惑う。
一体何者?
どこの女学生?
鈴木その子?
「おれの近所だもの。五所川原の。亭主、誰だか知ってるか? 衆議院の津島雄二だよ。あれ太宰の婿だから、あれだって東大だよ? 出てるかわからんけど。まあ。おれ、園子近しいから」
しばらくして気づいた。ソノコさん=津島園子。太宰の長女のことだ!
「園子さんの甥の津島文治、国会議員やってるやろ?うちのお祖父ちゃんと仲間だったんだよ。議員関係で」
さすが太宰の地元だ。思わぬところでつながりを発見できた。が、しかし、今はそんなことはどうでも良い。
「すいません……太宰、呼べますか」
イタコはしばらく
「うーん」
と、腕組みして顔を上げる。
「……太宰、呼ぶ?」
呼んでくれるのか!?
ほのかな期待に胸を躍らせてぼくは身を乗り出す。
「どうですか? できませんか?」
「うーん……太宰治は……呼ばないほうが……いいよ。だって、出るか出ないか問題だで……」
さきほどまでの説教ムードとはうってかわって、なんとか一押しすれば行けそうになってきた。
「ちょっと、やってみてもらえませんかね?」
「おれも、呼べねえことねえだが……あれの命日わかってるが?」
「わかってます」
「何年何月何日?」
チャンスとばかりにすかさずメモを取りだして言う。
「昭和二三年六月一三日です」
「一三日? それ発見された日でしょ」
間違えたのか? wikiペディアへの信頼が揺らぐ。
「え。そうなのかな……」
「そうだよ。玉川の下で発見されてるんだから。おれ、とぼけてどこまで知ってるか聞いてるだけだよ!」
そ、そうなのか。すいません。
「辞めとったほうがええ。太宰治降ろしたいんなら、園子さんに電話して聞いでごらん。怒られるよ?」
すいません園子さん。
「まあだでな……まあ、めろんくんは小説家になりたいんだから。サイコーに太宰治のこと聞きたいんだろ?」
「は、はい! サイコーに聞きたいんです!」
ただの小説家ワナビーだと思われていることが気になったが、文士にあこがれる少年の気分で必死に叫ぶ。
うんうんとうなずき、イタコはぼくに笑顔を向けて言った。
「もうすこし名が売れたら来い」

帰りのタクシーで運転手さんに「どうだった?」とたずねられ「いやあ……有名にならないと呼べないらしいっす……太宰」と言ったら「あははは」と笑われた。さらに、
「あのイタコさんってずっと昔から元祖イタコやってるってすごいっすねー」
「は? あの人きたの二、三年前だよ」
「え……そうなんだ。でも元大学教授なんですね」
「いやいや、あの人、前は自衛官だよ?」
「…………」
タクシー内に沈黙が積もる。
ぼくはタクシーの窓から見える山を、うつろな目で見つめ続けた。

追記:太宰の命日は一三日で合っていた。


(初出:文學界 9月号「アウトサイドレビュー 恐山」)


Posted in その他, 売文保存庫, 随筆.

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