「随筆」カテゴリーアーカイブ

文藝別冊「神山健治」

神山健治 (文藝別冊/KAWADE夢ムック)

2000年代初頭に見たアニメのなかでも「攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX」はマジで突出してたんだけど、その神山健治 監督が文藝別冊/KAWADE夢ムックに登場……ってことで、おれも文章を寄せております。

作品は別の方々が詳しく論じられると思ったので、この本『神山健治の映画は撮ったことがない~映画を撮る方法・試論』について書いています。ほんと、勉強になる本なのですよこれ……。神山さんの脚本チームで修行したくらいです(本気)。ギチさんの話では、神山さんの脚本チームのハードさはマジで異常らしく、昼始まった打ち合わせが次の日の朝まで続くとか普通らしい。そのとき神山監督は「オレ達はまだイチローより頑張っていない」と言い張ったそうです。
た……確かに! おれもイチローよりがんばってない! でもイチローより頑張るって……それは……。神山健治の映画は撮ったことがない~映画を撮る方法・試論 (STUDIO VOICE BOOKS)

そんなわけで新作009 RE:CYBORG」、まだ見てないんだけどこれはちょっとただのリメイクじゃないオモシロオーラが出てるので(超印象批評)みなさん見てください。むろんおれも見ます!

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イタコに太宰治を降ろしてもらってみた

そろそろ季節も夏めいて、お盆も近くなってきました。今年も7月20日~24日にかけて恐山大祭なるものが行われます。東北地方に古くから伝わる霊能者イタコさんたちが恐山に集い、死者の声を聞かせてくれるというこのイベント。最近では森達也さんのルポ『オカルト』でも紹介されました。オカルト  現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ

3年前にぼくは太宰治と対談をするために、ひとりでここを訪れました。朝から東京を出てローカル鉄道をのりつぎたどりついた大湊。ひとけのないホームから見た陸奥湾。バスに乗って山を登った先に見えたあの鏡のような宇曽利山湖。駅前で食べたラーメン。ひなびた温泉。「これぞ旅!」という、非常に思い出深い旅行でした。そんなわけで、そのときの記事です。


日本には三大霊場と呼ばれる山がある。即ち――高野山、比叡山、恐山である。恐山は、下北半島の中央に聳える霊峰であり、七月二〇日から大祭が行われ、そこにはイタコがやってくる。梅雨の明けた二〇〇九年、七月二〇日。ぼくは太宰治と対談をするために、青森県へと向かう列車に乗っていた。

イタコとは霊能者のことである。盲目・半盲目になってしまった女性が、生活の糧のために師匠のイタコへ弟子入りし、苦しい修行を経て、能力を身につけて独立。「口寄せ」により、死者の世界にいる先祖や肉親・友人・知人と、現世に生きる人との仲立ちをし、今は亡き人の意志を伝達する。これを「仏降ろし」という。
今年はちょうど太宰の生誕一〇〇年。ぼくは、イタコに太宰治を降ろしていただいて対談するという、非常に罰当たりで人間失格なことを考えたのだった。

新幹線は東京から三時間半で八戸へ到着する。
青森は思ったより近い。東北線特急スーパー白鳥へ乗り換え、昼ごろに野辺地駅へ到着。さらに大湊線へ乗り換えて、二時間ちょっとで下北へ到着する。駅前には恐山行きの臨時バスが用意されており、一〇分ほど待つだけでバスに乗ることができた。大祭初日の真っ昼間だというのに、乗っているのは、ぼくの他には、ジャージを着て帽子を被った、二人連れの初老の女性のみ。人が多いところが嫌いなので、このくらいがちょうど良い。
バスはむつ市街を走り、まがりくねった恐山街道に入る。
車内に女性の音声で、恐山の由来や沿革を語るテープが流れる。
しばらくすると、バスが不意に路肩に寄って、停車した。
あたりはまだ木々に囲まれた坂道の中腹。運転手が前方を指さして「冷水をどうぞ」と言てドアを開ける。道のむこうに、ひしゃくで湧き水を飲んでいる人が見えた。
行ってみると看板が立っており「恐山冷水 その冷水なる 水は不老不死とも うたわれ 登山する人を 喜ばせている」とある。
老女ふたりが、冷水をガブ飲みしているのが見えた。

地元の人も汲みに来る


そのうちに道は下りになっていく。坂道がゆったりとしてきて、森の濃さも心なしか薄くなってきたちょうどそのとき、前方の視界が広がり、緑のふちと山に囲まれた巨大な鏡のような湖が見えた。宇曽利湖だ。湖の脇には白いトタンの民宿があり、そこに黄色い看板で「元祖イタコ」「イタコの館」と書かれた看板。これが恐山のイタコか?と、思っていたら、バスはそこを通り過ぎた……どうも違うらしい。

元祖……とは?


やがて、湖のむこうに「伽羅陀山地蔵願王大菩薩」と筆書きされた巨大なのぼりが、風になびいているのが見えた。バスは白い砂利が敷かれた駐車場に停車する。降り立つと正面に本堂。携帯電話を見ると、電波が一本も立ってない。東京から約六時間、ついに恐山に到着した。

恐山

入り口で入山料の五〇〇円を払ってパンフをいただき、正面の総門をくぐって境内に入ると、すぐ右側にアイスクリームの販売ブースと人だかり。白い文字で「イタコ口寄せ」と書かれた、大人の背丈くらいの青いトタン看板が立っている。青いビニールシートに覆われた小屋の前で、日傘を差した人々の列に並ぼうとしたが、待てよと思い直す。時計を見るとまだ昼の三時台。まずは境内を一巡りしてからでも遅くはあるまい。

これがイタコの口寄せだ


大祭とはいえ、どうもあまり賑やかな雰囲気はない。石造りの常夜灯の間を歩いていると、脇のほうに幻覚的な極彩色の塊。
近づくとそれは、積み石に供された、色とりどりの風車や菓子であった。どうやら水子供養のようだ。手を合わせて進むと、湯気に煙る昔の木造兵舎のような建物がある。看板には「男湯」とあった。参拝用のパンフを見ると、境内には古滝の湯(男湯)、冷抜の湯(女湯)、薬師の湯、花染め湯、四ヶ所の浴場が記されている。
どうも無料らしい。
本堂で参拝をすませ、境内の西側に向かう。地面は舗装されておらず真っ白で、ガスのせいで草木がほとんど生えていない。幼少期に遊んだ採石場を思い出す。
順路と書かれた看板に沿って歩く。見れば見るほど不思議な景色である。真っ白にハゲた、凸凹の激しい大地、至る所に積まれた小石の山。荒涼とした白い地面と、子ども向けのカラフルな供物の強烈なコントラストが、網膜に残像を残す。

異界めいている


背後は吹き出すガス。あたりにもっさりとした硫黄の臭い。小高い丘に登り、あたりを一望すると、眼下に、陽の光を受けて輝く浅瀬がつづく極楽浜。ぼくはそこへ降りていく。
浜には、クロックスの小さな靴や、キティちゃんのお菓子。サッカーボール。けろっぴの風船。子どものための贈り物がたくさんあった。

ただただ茫然


無間地獄


境内に戻り、いよいよイタコだとうきうきしながら列の最後尾に並んだ。そうして一五分ほどで妙なことに思い当たる。
……どうも最初に見た列と顔ぶれがそう変わっていない気がする……。
厭な予感を抱えて待つこと三〇分。
動かない。
まったく動かない。
一時間が経過しても、列は微動だにしなかった。
時計を見るともう五時近い。門が閉まるまであと一時間しかない。
これは……無理か。
この調子ではイタコが三倍速で口寄せしても不可能。
じっとしていられず列から離れ、外の駐車場に出てあたりを見回していると、角刈り茶髪、長渕似の若い男がタバコを吸っていた。よく見るとタクシー会社の制服を着ている。
「すいません。口寄せというのは、皆さん何時くらいから並んでるんですか?」
「イタコが? あー、ほんどに見てほしい人さ、朝の四時がら並んどるで」
「四時……」
「今年はイタコが四人しかおらんで、そんでも難しいんじゃねが?」
朝の四時でも無理。これはもう、絶望的。
困った。
しばらく考えて、ぼくはバスの中から見た民宿のことを思い出した。
「あそこの黄色い看板の元祖イタコはどうですか?」
「あそこも並んどるんじゃねが?」
しかし、そこに賭けるしかない。
太宰も『津軽』で言っていたではないか“元気で行かう。絶望するな。”と。

民宿まではタクシーで三分もかからなかった。
看板の立てかけられている小屋は民宿の倉庫だったらしく、入り口あたりにはスチール棚や農作業用具がたてかけられている。入り口の開け放たれたドアから中をのぞくと、頭に手ぬぐいを巻いた老人がひとり、祝詞のようなものを唱え、その前で老女がうなだれている。
イタコだ!
間違いない。しかも待っている客は一人もいない。
これは……いける。
ぼくは運転手に礼を言ってお金を払うと「イタコの館」の入り口に腰掛けて、前のお客さんの口寄せが終わるのを待った。大蛇のように首に巻き付けた黒い数珠をじゃらじゃら鳴らしながら、リズミカルな東北弁で詠われる祝詞。ぼくは太宰の成年月日が書かれたメモと、小さなICレコーダーを用意しながら、ふと、なにかにひっかかった。
目の前の老人は、男なのだ。
イタコってそもそも……女しかなれないんじゃ……?
一抹の不安を覚え、待つこと三〇分。
ぼくの番がやってきた。

座布団に座る。
「どこからきた」
イタコは少し日に焼け、声が枯れ、みのもんたに酷似していた。
「東京の文京区です」
「知っとるよ。おれ、しょっちゅう渋谷とかNHKいくんじゃ。なんかメモしよったが、イタコの本でも出すか?」
警戒されてはいけないと言い訳する。
「いえ……本とかじゃないです」
「おにいちゃん。あのさ。イタコの言ってることわかるが?書けるが?」
首肯する。
「うぬぼれんなっつうんだ!」
キレた! なぜ!?
「唱えごとなんかわかるわけない!イタコの内容っていうのはイタコの弟子なんないと書けん。大学には残ってるよ?資料が」
大学? 話が……よくわからない……。
「まあ、わたしもいちおう大学の教授だから……」
イタコの大学教授……!?……インディ・ジョーンズを超える新しさだ!
「いろんな本がイタコのこと書いてるけど。あんなもん、みんなちゃんちゃらおかしい。唱えごと、経文、千差万別だって。修行しなければわからん。流行歌は覚えるられるだ? 三郎の歌じゃねえけど、はるばる来たで~函館~みたいな……あんなもんとはちがうんだあぁ!!」
またキレた!? なぜ!?
なぜ、説教されているのかよくわからぬ。黙って聞いていると、今度はこっそり置いてあるぼくのICレコーダーに気づいたらしく、
「恐山の中さ行ってそんなもん録音してたらぶん投げられっど!」
とさらに怒られる。
イタコがみのもんたにしか見えなくなってきた……。
「おれは別にいいんだ。どうぞあんたの好きなようにすりゃええ。頭ひねるのがオチだ。おにいちゃん。本職なんね?」
なんとなく嘘を吐きづらくなってきて本当のことを言う。
「小説家です」
「調理師?」
いや……いくら小説家が斜陽産業といえ、そこまで聞き間違えるかフツウ……。
「小説家です」
驚いたような顔をされた。
「あぁー!そうがぁ……ちょっと手だしでみろ。ふむ。かなり苦労するど」
知ってます。
「せっかく来たから名刺やろう……」
名刺をくれた。
「で、おにいさん。名前はなんての」
「筆名ですか?」
ぼくも名刺を出す。
「出したくねえど思で……隠そうと思うとったか?……ん……これで……なんて読むんだ。うみ……」
「うみねこざわ めろん です」
「これ……名字?かわった名字だな……めろん!珍しい名前だなあ!こりゃ!初めてお目にかかった!」
この反応……本名だと思われている!?
「君の成功を祈りたいなあ~。めろん殿」
「はい」
「おれ、メロン食いてえな」
「……はい」
もう、なにがなんだか……。
「で、誰呼んでみるわけだ。誰かホトケ呼びたいのか?」
ぼくは正座する足に力を込めた。
緊張の一瞬。
「ダザイ、わかりますか?」
言ってしまった。ついに。

「ん?」
イタコの眉がぴくりと動いた。
「誰?」
「ダザ……イオサムという人……なんですけど」
中東あたりの人だと思ってくれないかと祈ったがあっさりバレた。
「聞いたことあるな?」
イタコの眉間に力が入る。イタコはしばらくじっとぼくの目を見つめて、無言になると溜息をついた。
「あのさ……こりはさ、前ににも言うたんだけど。ああいう有名人なんてよ。簡単に呼ぶもんではないよ。ふざけるなって。記念で呼んでくれつう? ……ふざけるなぁっっつんだああっ!」
またキレた!
何度怒られればいいのですか……。あとから来て並んでいるお客さんの視線が、背中に刺さる……小声でヒソヒソと囁く声が聞こえる(あの人、ダザイですって……?)ものすごく、痛い……。
「ソノコさんならいいよ。おれ近しいから。……でも」
え?
ちょっ!? まっ……ソノコさん?突然出てきた謎の名前に戸惑う。
一体何者?
どこの女学生?
鈴木その子?
「おれの近所だもの。五所川原の。亭主、誰だか知ってるか? 衆議院の津島雄二だよ。あれ太宰の婿だから、あれだって東大だよ? 出てるかわからんけど。まあ。おれ、園子近しいから」
しばらくして気づいた。ソノコさん=津島園子。太宰の長女のことだ!
「園子さんの甥の津島文治、国会議員やってるやろ?うちのお祖父ちゃんと仲間だったんだよ。議員関係で」
さすが太宰の地元だ。思わぬところでつながりを発見できた。が、しかし、今はそんなことはどうでも良い。
「すいません……太宰、呼べますか」
イタコはしばらく
「うーん」
と、腕組みして顔を上げる。
「……太宰、呼ぶ?」
呼んでくれるのか!?
ほのかな期待に胸を躍らせてぼくは身を乗り出す。
「どうですか? できませんか?」
「うーん……太宰治は……呼ばないほうが……いいよ。だって、出るか出ないか問題だで……」
さきほどまでの説教ムードとはうってかわって、なんとか一押しすれば行けそうになってきた。
「ちょっと、やってみてもらえませんかね?」
「おれも、呼べねえことねえだが……あれの命日わかってるが?」
「わかってます」
「何年何月何日?」
チャンスとばかりにすかさずメモを取りだして言う。
「昭和二三年六月一三日です」
「一三日? それ発見された日でしょ」
間違えたのか? wikiペディアへの信頼が揺らぐ。
「え。そうなのかな……」
「そうだよ。玉川の下で発見されてるんだから。おれ、とぼけてどこまで知ってるか聞いてるだけだよ!」
そ、そうなのか。すいません。
「辞めとったほうがええ。太宰治降ろしたいんなら、園子さんに電話して聞いでごらん。怒られるよ?」
すいません園子さん。
「まあだでな……まあ、めろんくんは小説家になりたいんだから。サイコーに太宰治のこと聞きたいんだろ?」
「は、はい! サイコーに聞きたいんです!」
ただの小説家ワナビーだと思われていることが気になったが、文士にあこがれる少年の気分で必死に叫ぶ。
うんうんとうなずき、イタコはぼくに笑顔を向けて言った。
「もうすこし名が売れたら来い」

帰りのタクシーで運転手さんに「どうだった?」とたずねられ「いやあ……有名にならないと呼べないらしいっす……太宰」と言ったら「あははは」と笑われた。さらに、
「あのイタコさんってずっと昔から元祖イタコやってるってすごいっすねー」
「は? あの人きたの二、三年前だよ」
「え……そうなんだ。でも元大学教授なんですね」
「いやいや、あの人、前は自衛官だよ?」
「…………」
タクシー内に沈黙が積もる。
ぼくはタクシーの窓から見える山を、うつろな目で見つめ続けた。

追記:太宰の命日は一三日で合っていた。


(初出:文學界 9月号「アウトサイドレビュー 恐山」)

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翻訳小説とふたりのハウザー

U179 ナイフ投げ師

ミルハウザー『ナイフ投げ師』が白水Uブックスでちょっとばかしお求めやすくなって登場。うーん、ダウンサイジングのためにまた買うか……ということで、2008年に書いたミルハウザー関係の原稿「その1」を公開。今読み返すと浪漫主義と倦怠ってところは、のちに國分さんの『暇と退屈の倫理学』で指摘されているような感じで、けっこういいところをついてたような気がしなくもない。ちなみに海外では去年ミルハウザーの新刊が出ているらしい。
http://www.nytimes.com/2011/09/04/books/review/we-others-new-and-selected-stories-by-steven-millhauser-book-review.html?_r=1&pagewanted=all?src=tp

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「翻訳小説とふたりのハウザー」

この宇宙に存在するあらゆるすべての翻訳小説は、必ず私を不安にさせる。

文章がゴツゴツしていて、やたらと描写が緻密で、たとえばある人物が登場する際には服装や顔立ちや経歴、そして部屋の描写が仔細に何頁にもわたって行われ、無駄にシャレた会話(たいていシェイクスピアの引用だったり)をする――というようなものが、私が勝手に考える翻訳小説の姿で、とかく大変とっつきづらいものとして認識されていたが、それはそれでまあ、仕方なしという思いもあった。なぜなら、「そこにテーブルがあった」と書けば良いのに、テーブルの配置から材質から由来から値段からを延々と描写してしまう理由というのは、きっと日本以外の国は多民族国家であり「テーブル」だけでは、和風なのか、洋風なのか、イスラム風なのかがわからない。だからこそ翻訳小説では厳密な描写が求められるのだ――そう信じていた。当たり前だが、そのような私の考えが根本的に誤りであることははるか以前に認知され、今では概ね修正が完了している。翻訳小説のすべてが、ゴツゴツしてもいなければ厳密であるわけでもないし、シェイクスピアの引用で話をしているなどという、翻訳小説をナメているとしか思えないそんな思い込みは、もうない。だがしかし、未だに翻訳小説は私を不安にさせる。

その真の理由とは、それが【翻訳】であるという根本的なところにある。当たり前だが翻訳という行為は、どうやっても純粋な作品の二次加工にならざるを得ない。文学におけるこの加工は、音楽においてクラシックの生演奏をCDにするようなこととはわけが違う。何せ、ある国の言語が、まったく別の国の言語に変換されるのだ。音楽に例えるならピアノ演奏をギターで再現――くらいの差があるのでは? などと、素人の私などは思ってしまうわけで、そのあたりがひっかかって翻訳小説は原文で読まなくてはならない……という強固な思い込みに囚われた時期もあった。その考え自体はあながち間違いではないものの、私の頭と相談したところ、正直、絶対に無理だという答えが出た(かつて、イアン・マキューアンの短編集『最初の恋、最期の儀式』のペーパーバッグを購入し、読み比べようとして「こ、これは……翻訳が全部間違っているッ!」と驚愕したが、よく見ると、日本語版と英語版で作品の収録順が違っていただけだった……)。

前記のような翻訳小説に対する捻れた想いから、私の読書量は長年7:3の割合で国産本に偏っていたのだが、近年それが逆転しつつある。それはなぜか……良く分からぬが、おそらく妙な思い込みや、無駄な偏見から自由になったせいだと考える。とりもなおさず、そのことを一言で言うなれば「大人に近づいた」ということに尽きる。それを自覚したとき、私はなんとも言えない複雑な気分に襲われた。そして、この複雑な想いこそが、スティーヴン・ミルハウザーの作品に通底する【なにか】なのだと気づいた。

夜の姉妹団―とびきりの現代英米小説14篇 (朝日文庫)国産小説から翻訳小説へと読書人の興味が移行する自然なパターンとしては、村上春樹→レイモンド・カーヴァー→柴田元幸(今だと、古川日出男→スティーヴ・エリクソン→柴田元幸、か?)という黄金パターンが存在するが、私がミルハウザーと出会ったのは、まったくの偶然で、なんとなく手に取った『夜の姉妹団』というアンソロジーに入っている表題作を読む幸運に恵まれたためである。ミルハウザーという名を呟くたび、私の頭の中では七色の煙が立ちのぼるのだが、そのイメージの元となっているのは、幼少期に怪しげなオカルト雑誌で読んだ、謎の少年カスパー・【ハウザー】の神秘的なイメージのせいだということは疑う余地がない。一九世紀ドイツに突如として現れた言葉もなにも知らない少年(未来人であるとか、さる高貴な血筋の落胤であるとか言われているが、特技は暗闇の中でも目が見える……くらいで、割とショボい)と、このニューヨーク生まれのアメリカ作家は、【ハウザー】つながりで私の脳内の比較的近い位置に配置されている。『夜の姉妹団』は思春期の少女たちの秘密結社「夜の姉妹団」をめぐる話であるが、大人たちが彼女らを監視し、結社の正体を暴こうとする。だが一向にその実体がわからない……。結社の存在が大人たちの妄想なのか、果たして大人だから見えないのか、それがわからない。読んでいるとこの作品が、まるで大人と子供をはかるリトマス試験紙のように思えてくる。大人と子供、どちらの気持ちも理解しつつ、どちらに荷担すべきか……その読後感は、まさに自らの思春期がまだ終わり切っていないことを認識させらるものであった。国内で読めるミルハウザーの小説は決して多くはないので、すぐに読み尽くしたが、私は長編よりも、バリエーション豊富でお得な短篇集や中編集のほうが好みで、中でも『イン・ザ・ペニー・アーケード』の第一部「アウグスト・エッシェンブルク」を贔屓にしている。

イン・ザ・ペニー・アーケード (白水Uブックス―海外小説の誘惑)この作品は、時計職人の息子が自動人形に心を奪われたがために送る栄光と挫折の物語を描いた中編だが、その仔細な描写は、私が当初、翻訳小説に抱いていたマイナスイメージとはまったく逆のものであった。確かにミルハウザーを評して描写の執拗さを賛美する者は多いが、それよりも淀みなく流れる語り口に魅力を感じた。描写のひとつひとつが小さな歯車でありつつ、通して読めば自然に全体と融和し、すべてが有機的に違和なく繋がっていく……。やがて、それは作品のテーマである自動人形の歯車のイメージとかみ合い、最期には全体を統括する「ペニー・アーケード」のショウウィンドウのひとつになり、入れ子構造を現出させる。

私はこの中編を何度も再読したが、その度に新鮮な発見があった。たとえば、この中にハウゼンシュタインという男が出てくる。これはアウグストほど才能がないサリエリ的な立場の美青年で、明るくて頭が良く、饒舌で狡猾な世渡り上手である。初読でこの男が嫌いになった。終盤あたりで、自分のもとから去っていこうとするアウグストを、友情をダシにして引き留めようとする部分が、まるで女を騙す手練れのようでいやらしい。しかし、時間が経過して再読すると、ハウゼンシュタインは現実の厳しさを知ったリアリストであり、そのうえで芸術とアウグストを愛するという深みを持ち合わせているが、主人公アウグストはハウゼンシュタインの愛情に気づきすらしない世間知らずの器の小さい頑固な男――そんなふうに印象は変化した。先日も、風呂にはいって再読している折りに、ハウゼンシュタインがどういった口調で話すのかが気になり、多種多様なニュアンスで真似てみたのだが、実験の結果、シャアと花輪くんをかけあわせたものが最も近いのではないかという結論にたどり着いたがそんなことはどうでも良く、私はその時、ハウゼンシュタインとアウグストを透かして、作者を見た気がした。

エドウィン・マルハウス―あるアメリカ作家の生と死 大人になってしまった自分に対する諦念、子供時代への郷愁、芸術への情熱と敗北。それを通奏低音としながら、流れる主旋律は――天才と凡人、現実と幻想、子供と大人といった両極端な二項対立。だが、物語は普通の娯楽小説のように、衝突しながらやがて中庸へ到るというわかりやすい終幕には到らない。ミルハウザーは似通ったテーマを繰り返し変奏する作家だとよく言われるが、作品世界を覆うトーンはそれぞれかなり違う。同じ天才の最期にしても「アウグスト・エッシェンブルグ」の哀愁に比べると、「J・フランクリンペインの小さな王国」のラストは感動的だし、「幻影師、アイゼンハイム」は伝説化したという意味で幸せだ。これらの中でも、ミルハウザー自身がもっとも透けて見えるのが「アウグスト・エッシェンブルグ」である(とは言え、これは私の勝手な思い込みでもある。『エドウィン・マルハウス』における記録者のように、ミルハウザーに筆者自身を投影している可能性は否めない。でもいいのだ、読書に正解はない)。物語の最期、主人公のアウグストは挫折した現実を受け入れてなお立ち上がるが、その先行きは決して明るいものではない。かといってそれほど暗い運命を予感させるわけでもない、ただ当たり前に続く人生が明示される――この達観と、アウグストがハウゼンシュタインを評す“あきらかに退屈していた。才能よりも知性がはるかに上回る人間にありがちなように、心から退屈しきっていた“との言葉、どうもこれがミルハウザー自身のことを表しているような気がしてならない。退屈な日常を忘れるために小説を書いている彼の姿は、作品の登場人物たちの辿る運命と同じく平凡な日常に回帰してしまうことに抵抗しているように見える。心の奥には根深い敗北主義者が潜んでいるが、書くことに耽溺している間、ミルハウザーは輝いている。ゆえに終わりに近づけば近づくほど物語は悲哀の色を帯びるが、決して過剰な絶望には到らない。これは例えば、同じように人形に憑かれる男を描いたロマン主義的な作家でも、自ら命を絶ってしまったサーデグ・ヘダーヤトとは対称的である。ヘダーヤトの短編集『生き埋め』に所収されている「幕屋の人形」の主人公メヘルダードは、現実に背を向けて人形を愛す男だが、最終的に現実と向き合おうとしたがために悲惨な最期を迎える。メヘルダードが愛するのは人形の外面であるが、アウグストはその機械仕掛けの内面を愛する。両者とも、人形の正反対の部分にひかれながらも本質的な美に魅せられていることは共通している。美はどこかにイデア的な本質が存在している――かつてはそう信じられていたが、それはまやかしである。不可視ゆえにあると思ってしまうだけなのだ。これは人間の心理的陥穽と言えよう。

生埋め―ある狂人の手記より (文学の冒険) ロマンが現実の倦怠と絶望を忘れようとする一時の虚飾だとすれば、サーデグ・ヘダーヤトの死はその究極である。しかし、ミルハウザーは退屈しつつも生きている。ヘダーヤトは『生き埋め』において“誰もが死を怖れるが、僕は執拗に続く生が恐ろしい”と書いたが、ミルハウザーはこの恐怖を、輝いていた子供時代や、芸術、ゲーム、天才たちを夢想することによって回避し続ける。この根底にある小さな希望がどこから来るのか。それは、訳者が『イン・ザ・ペニー・アーケード』のあとがきでも引用している“大切なのは、ある日くすんだ緑のテントにいた自分の内部で何かがぱっと輝き、以来それがいまだに消えていないという事実”であり、ミルハウザーの空想展覧会ともいうべき『バーナム博物館』において”私たちは、何度もくり返しバーナム博物館へ戻ってゆく。私たちにわかっているのは、自分がそうせずにいられないということ、それだけ”であり“出入り口は新たな部屋へつながり、そこにはまた新たな出入り口があり、その向こうに遠い部屋、遠い出入り口、思いも寄らぬ発見がほの暗く見え隠れしている”という、無限に輝きを発掘する逞しさと、したたかさである。
たしかに、心に発見した輝きは消えてしまいがちなものだ。私が子供の頃に怪しげなオカルト雑誌で出会った謎の少年、カスパー・ハウザーの神秘は、もはや胸の奥でくすんでいる。しかし、ミルハウザーは耳元で囁く――輝きはいつでも取りもどせるし、発見できるものなのだと。
私は頭の片隅から、カウスパー・ハウザーが生前、丘の景色を見ながら漏らしたとされる言葉を掘り起こす。
“あの地下牢から出てこなければ良かった(……)あそこにいさえすれば、何も知る必要もなければ、何も感じる必要もなかった。もう子供ではないという苦しみ、そしてこんなに遅くなって世の中にやってきたという苦しみも、経験しないですんだろうに……”
この言葉が、ミルハウザーの作品と深く共鳴しているのは偶然だろうか。私の頭の中でいまや両者は、近い場所ではなく重なり合わんばかりに近接し、輝きはじめている。ミルハウザーの小さな囁きが、私以外の人には違う言葉に聞こえるとしても。輝きを発見できたなら、それは、言葉が違えども伝わる【なにか】があることを証明する。
そして私はまた発見する――大人になったからではなく、それを知ったから、私は安心して翻訳小説を読むことができるようになったのだと。

追記:輝きは発見できたが、それでも翻訳小説が不安だ。というような、私を上回る心配性の方には、世界中の翻訳者の粉骨砕身ぶりが窺える『世界は村上春樹をどう読むか』をお勧めする。これで駄目なら……あきらめよう。

ユリイカ2008年3月号 特集=新しい世界文学

(初出:ユリイカ2008年3月号 特集=新しい世界文学


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人生を変えたアルバム

NEVERMIND TRIBUTE

今日4月5日は、あいつの命日だ。あいつはコバーンとかコベインとか書かれることが多いが、そんなロキノン厨的な意見はどうだっていい(同様にマスシスでもマスキスでも、シニードとかシネードとかもどうだっていい)なぜならオレはロックだからだ。数学的に考えればロックはオレ。そう、アティテュード的にロックがオレということでもある。OK。今日は音楽ライターの富田氏のメルマガに過去うpした文章を転載してみるぜ。雑多な仕事が着実にアーカイブスされつつあるウェブサイトという名の俺の墓標にGmコードをかき鳴らせ!フォーエバーピースフルワールド!ネヴァーマインドアサシン!

 


http://www.voltagenation.com/archives/622

▼ガストノッチ!(絶好調:ゼビ語)。皆様、お初にお目にかかります。パトス・ハメ愛読者の海猫沢めろんです。いつもこのメルマガを楽しみに拝見しておりましたので、こうして執筆できること、非常に嬉しく思っております。私、普段はいろんなところで小説や随筆を書いております。さっそく針の穴ほどのストライクゾーンに300㎞でデッドボールの弾幕を張りに行きたいと思います。気合いで避けてください。

▼さて人生を変えた音楽。まずは、宇宙でもっとも愚かな二足歩行生物「田舎の男子中学生」の時期からピックアップいたしましょう。

私はアニメが大好きでしたので、その延長線上で「イメージアルバム」なるものを買いあさりました。読者には無粋かも知れませんが、一応説明しておきますと、イメージアルバムとは、声優と、脚本と、楽曲を使い、低予算で作られたラジオドラマ+音楽アルバムというところでしょうか。アニメ制作より安いので、マンガや小説がメインです。その中でも、すばらしいクオリティだったのが、これ。

未来放浪ガルディーン 大歌劇

未来放浪ガルディーン 大歌劇: イメージ・アルバム

火浦功×ゆうきまさみ×出渕裕の『未来放浪ガルディーン』。90年代においては秋山瑞人の『EGコンバット』という傑作があるものの、80年代のロボットものオリジナル小説というのは、ほぼ成功しませんでした。しかし、これだけは別です。『究極超人あ〜る』のパロディ、楽屋オチ、無駄に熱い楽曲、今聞くと微妙な気分になること請け合いですが、それも含めて人生を踏み外すことになったアルバムであることは、間違いないでしょう。ラストの川村万梨阿の名曲<レッド>が熱い。

あとは、イメージアルバムではありませんが、<ドリームハンター麗夢SPECIAL>(押井映画でおなじみ川井憲次氏も作曲で参加)なども、テープが摩擦で燃え上がって練炭になるほど聞きました。

▼こうしてやがて思春期がおとずれ、若者は悩みます。毎日アニメを見つつ「どうしてぼくは生きているのだろう?」「どうして人を愛するのだろう?」「なぜ生まれてきたの?」そんな深い哲学的悩みを抱えながら、絶望的な夜のなかで人は毎日オナニーをします。「ペンギンクラブ」とともに安らかに永遠に眠ってください尾崎。

LAST TEENAGE APPEARANCE

LAST TEENAGE APPEARANCE~THE MYTH OF YUTAKA OZAKI~
このライブ盤は普段は聞くことのできない尾崎の肉声も多数はいっております。ライブ中に語りかけてくる尾崎の迫真のメッセージ。尾崎のシャウト。とくに<十七歳の地図>直前の語りは最高です。
「そいつのために……俺は命を張るッ!セブンティーンズマアアッープ!」ある意味、水木一郎のマジンガァァーゼーッ!に匹敵する魂のシャウト攻撃力三倍。

この後、尾崎が影響を受けたというジャクソン・ブラウンなどを聞いてみたりしますが「?」という疑問符しか残りませんでした。

後年、尾崎に弟のように可愛がられていたという「北の国から」の吉岡秀隆さんが<ラストソング>という名曲を歌い、女尾崎と言われた橘いずみ(須藤晃プロデュース)の<失格>がヒットしますが、いまいち尾崎スピリットを受け継いでいるという感じがしなかったところで、マクロス7の熱気バサラに尾崎のソウルを見ることになるとは、このときは思いも寄りませんでした。
FIRE BOMBERのには尾崎マインドが横溢しています。ピンク髪レオタードのミレーヌに大興奮。

▼思春期と同時に中二病も発症します。本当はエロゲーをやりたいだけなのに、難解な横文字で親をたぶらかしPCをゲットするのです。

「お父さん、これからはITの時代だからソリューションのためにキャプテンシステムを導入しなくちゃゾルゲル運動2.0しながらアセンブラでクラウドコンピューティングなんだ」「お母さん、冷蔵庫をLANケーブルでダイヤルアップ回線をつなげば野菜室とローカルでパケット通信だから二次方程式の法則で抵抗がゼロになるよ」なにひとつ意味がわかりません。

しかし圧倒的な得体の知れない情熱に負けて、親もPCを買い与えてしまいます。これは戦争や重力に魂を引かれるのと同じように、人類の背負った負の宿命と言えるでしょう。

エロゲーに精気を吸い取られスペースバンパイアと化しためろん先生を救ったのは、東芝の激安ドンシャリスピーカーから流れ出す、FM音源に彩られた幻想の旋律でした。

Ys I&II Chronicles

イースⅠⅡ サントラ

古代祐三のギターサウンドが神がかっています。思い出すだけで、ドットの荒いリリアの微笑みが浮かび胸がしめつけられます。ミスリリアコンテスト、ミス藤崎詩織コンテスト。彼女たちは今、幸せなのでしょうか。それはもう我々には知ることができないのです。祈りましょう。

さて、ファルコムの古代、コナミ矩形波倶楽部、タイトーにZUNTATA、カプコンにアルフ ライラ ワ ライラ、セガにSST BAND、ゲームミュージックも各メーカーごとに個性があります(ちなみにキリンジも元ナムコのサウンドコンポーザーです)。

ゲームミュージックの奥深い世界にのめりこみ、さらに「超音戦士ボーグマン」の主題歌により、脳内でジャパメタが密かに流行。アースシェイカーの代表曲のサウンドとともに、ギターへのあこがれが膨らみます。

人を憎む弱さを見た。もっと鮮やかに!ハッ……このサウンド……どうして涙が?そうだ!ギターだ!燃えるような赤い薔薇とともに思い出した!僕は前世アトランティスでギターをひいていたんだ!もう、歯止めが効きません。

▼そして人類で最も罪深い生き物「田舎の最低偏差値男子高校生」の時期が始まります。

バンドブームまっただ中。まわりがBOOWYや氷室、ユニコーンやジュンスカにはまっている中、なぜかここでヴィジュアル系バンドの邪眼に魅入られてしまいます。哀しき高二病。紅に染まっためろん先生の背中を慰める奴はもういません。というか最初からいません。

Xも好きでしたが、渇いた心は、もっとダークでナルシスティックで淫靡な、音楽という名の背徳の快楽を求めます。そう、すべて消え失せろ。月夜に、甘く切なく。愛は終わらない。夜風に乗せたこのメロディ。

BASILISK

D’ERLANGER * BASILISK

Xの根底にはクラシックの臭いがしますが、D’ERLANGERはポップでとても聞きやすいサウンドです。とくには今聞いても名曲。バグパイプで奏でたようなフォークロア風音色のギターが面白い。

いわゆる西のフリーウィル、東のエクスタシーという当時の二大ヴィジュアル系レーベルのどちらにも所属していなかったのがD’ERLANGER(当時、密教マニアだった私は、最澄(=ダイナマイトトミー)の興した天台宗(=フリーウィル)、空海(=YOSHIKI)の興した真言宗(=エクスタシー)として捉えていました)

ギターのCIPHER=瀧川一郎さん、に憧れますが、わたしの脳内はこうです……CIPHER=少女漫画の「CIPHER」とのつながりがあるに違いない!=こいつらはけっこうマンガが好きにちがいない!=前世の仲間だ!……無根拠すぎて、ほとんどサイコパスです。

そしてギターをコピりはじめます。Xはツインギターなので、コピーするのがちょっと面倒だったのです。なぜか同時にKATZEの(コードチェンジが比較的簡単で美しい)なんかも練習しています。

そうしているうちにやっぱりXも押さえなくてはいけないのではないかと不安になってきます。そうなるとメタルも押さえなくてはならない……という、微妙にズレた影響でイングヴェイの<トリロジースーツop3>をギターでコピーし始めます。デミニッシュやリディアンモード、脳内はクソミソモードです。

楽典を読んで楽譜を書いたりしても一小節72連符とかで真っ黒です。もう自分でも意味がわかりません。

さらにオカルト好きという余計な属性から、アレイスタ・クロウリー→ジミー・ペイジ、オジー・オズボーン……メタル人脈にたどり着きます。カオス。

毎日血がでるほどギターを引いていたのが、今ではいい想い出です。早弾きのために血の滲むようなスケール練習をしていたのに、最初に弾けるようになったのはBOOWYのNOニューヨークでした。

▼高校卒業後。頭が悪すぎて就職も進学もできなかった私は、フリーターになって毎日現場作業をこなしつつ、ホストや危険な仕事も請け負い、日本のマンチェスターとも言うべきH市で、グランジの波をもろにかぶります。ここでもニルヴァーナ……ではなく、ことごとくズレたものに魅かれます。

Where You Been

ホエア・ユー・ビーン – Where You Been

マンチェとぜんぜん関係ないアメリカです。すいません。

一曲目ののイントロが流れた瞬間、永遠のギターヒーローが誕生しました。そう、カート・コバーンに「ドラムやんねー?」と誘われて「え、だるいからやだ」と断ったJマスシス率いるダイナソーJrです。徹底的に歌にやる気がありません。

カスタムされたJAZZ MASTERのチョーキングが切り裂く、ビッグマフで歪みきったノイズ嵐。絶対に運動神経がいい人間の奏でる音楽ではありません(ブートレグのライヴ盤を聞くとリズムがぐちゃぐちゃ)。完全に人生に絶望していた私は、その中で死ぬほど下手くそな歌をだらだらと歌うJのぐだぐだなスタンスに共鳴してしまいます。

ちなみにアルバム「You’re Living All Over Me」の一曲目を聞いた瞬間も衝撃を受けました。ビッグマフ&ワウギターで、ひたすらテキトウに2コードをかきならすだけで、こんなにもかっこいいのか!

さらに知る人ぞ知るマイク・ワットの名盤「ball-hog or tugboat?」(ソニックユースも参加)の一曲目、Jがあの、ファンカデリックの名曲エディ・ヘーゼルの咽び泣くギターをカヴァー。無気力と絶望のつまった空間で、窒息しそうになりながら気怠げに吸い込む怒りと哀しみ――その果てに吹き出す血飛沫と流れる涙のような爆音ギター……なぜか私もいきなりロキノン口調です。マジでバンドやってギタリストになろうと思ったのは、これが最初で最後でした。

▼この後、しばらくグランジの流れでブリットポップ(マンサン、マニックス)。シカゴ系のアーティスト(シーアンドケイク、ジムオルーク)日本のオルタナ(グレイプバイン、ブラッド・サーズデイ・ブッチャーズ、コールター・オブ・ザ・ディーパーズ)なんかを衝撃的に聞きますが、生活は最低です。

上京後に極貧生活をなんとかするため、小説を書く……のではなくて、宅録で自分のアルバムを作って売ることを思いつき、なぜかソロプロジェクトを始めました。30近くなって無職なのに突然ひとりでアルバムを作りはじめました。偉人伝にはいつもこういう唐突な展開があるものです。

keny

ケニー・ザ・スケボーエンジェル「第二次成長期ハァハァ」メジャー盤とインディー盤

▲15曲入りアルバムmp3音源 → 【20MB Download】

人生を変えたアルバムというか、人生を変えようとして失敗したアルバムです。名前がギリギリアウトです。

MTRで作った音源をオーディオインターフェースでwavファイルにしてプレクスターのCDRで焼いただけという完全に人をナメた代物です。ミックスダウンという概念がありません。15曲入りステッカー付き500円。ジャケットは友達の同人美少女絵描きにお願いしました。青髪の美少女がシーツにくるまって全裸で微笑みます。

時代はゼロ年代初頭。50枚も売れません。演奏は中学生レベル。音源も中学高校時代のものです。中野のタコシェに置いても売れません。突然グランジかと思えばぐだぐだのポップス曲が入っていたり、ヴィジュアルっぽい歌を歌い始めたりと、ハルヒの学園祭シーンを凌駕する感動です。泣きたい。マジで。

と、ここまで書いていてめちゃくちゃ忘れていることが、まだまだあることに気づきましたが、このあとも続々あらわれる新たなるアーティストのことを語るには、どうも紙幅が尽きたようですというか紙幅なんか無限なのですが、他人のメルマガを乗っ取りそうな勢いで書きすぎているという気がするので終了します。

すいません紹介するアルバム三、四枚でという依頼だったのに気づいたら10枚以上になっていましたが、たぶん三枚が早く動いているため、分身して10枚以上に見えているんだと思います。

殺してください。

初出:2009年 冨田明宏 責任編集メールマガジン『パトス・ハメ』にて寄稿した原稿を転載。

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