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2017年のご挨拶【前半】

▼気づけばすでに2017年になってました。

すっかりネットから離れてアナログな人間になりつつあるのですが(熊本はネット引いてない)大丈夫です(無根拠)。
昨年は本厄年だったのでお祓いに行ったのですが、さてどうだったのでしょう。
そんなわけで去年、「マジで厄年だな」と思ったこと。

・熊本に引っ越すことになった。
・引っ越して4日後に地震が来た。
・夏が暑すぎた。
・突発性難聴になった。
・夜更かしするとすぐに難聴。
・頻尿になった
・冷え性がひどい。
・やたら風邪をひく。
・年末に油断してたらピアスごと耳がちぎれて4針縫った。

見事にやられました……そういった迷信はあんまり信じないほうなんですが、人間の40代っていうのはたぶんハード的な耐久度として限界なんだろうなと思います。まわりでもガンになったり怪我したりって人が多いんですよね。みんな気をつけよう。

で、去年一体何があったのか振り返ってみると、こんなかんじ。
▼去年のできごとまとめ

01月 ぼくが主演した直島映画が京都で上映。クレア監督がやってくる。弾丸コーヒーの本を読んで、西荻でダッシュして体がおかしくなる。
02月 電気自動車に乗って熱海に行ってみた。電気自動車怖い……すぐエネルギー切れる。科学ルポの仮タイトルを「人と機械の境界」とかにしようと思ったらもうあって、考えまくって「明日、機械がヒトになる」書名決まる。ボドゲ初作品「双六丸忍法帖畳地獄」完成。
03月 葛西図書館にて読書会。これはなかなか楽しかった。
04月 厄年なので厄払いに初めて行ってみた。突然熊本に移住が決まる。とにかく狂騒の日々すぎて大変。部屋を探してからまた上京。双子のライオン堂さんでイベント中に地震、続いて翌日も……帰ることに。しばらく大変な時期が続く。
05月 ゲームマーケット出展。町田文学館で塚越くんとイベント。「明日、機械がヒトになる」発売。虹のコンキスタドール「エイリアンガールインニューヨーク」発売。ゲンロンで長谷さんと対談。「文筆系トークバラエティ ご本、出しときますね?」出演。
06月 弓指くん個展用の短編を書く。
07月 「夏の方舟」KADOKAWAより単行本発売。
08月 「風雲児たち」に出会う。こ、これは……めっちゃいい。熊本の暑さとストレスで突発性難聴の症状が出まくり。「君の名は。」見て号泣。猫町倶楽部の読書会で本がとりあげられる感謝。
09月 ストレスの限界がきて毎晩ひとりごと。妄想がひどくなり部屋で叫び始め物を投げまくる。最終的にキレて暴れる。メンタルが限界を超えた……。鬱すぎてやばい。
10月 少し落ち着く。本気で危険を感じて近所のボクシングジムへかよいはじめる。ボクシング再開。初めて車で阿蘇へ。阿蘇すごい。かつくらインタビュー。活字倶楽部は昔から読んでいたので感慨深い……。風邪。ゼーガイベ。Kの墓参りに長崎へ。
11月 熊本大学の学園祭に行く。大食い選手権でしゅんぺいという男が輝いていた。頻尿で夜よく起きることになる。
12月 ゲムマ二回目参加。熱海でピアスがひっかかり耳が千切れ3針縫う。20年ぶりに学生時代の同級生、SOPHIAの赤松にあう。葛西図書館つながりで柴田元幸さん朗読会に参加。久しぶりに海外文学について話を聞く。

いろいろあったなあ……。
▼『明日、機械がヒトになる』

いろいろありましたが、本が二冊出せました。
特に『明日、機械がヒトになる』は発売後に熊本のTSUTAYA三年坂店では1位を獲得しましたー!すげー!

読売新聞、朝井リョウさんが選ぶベスト3にもランクイン。

いろいろな方の年末のベストにも、たくさん挙げてもらっているようです。
かなり面白い本になっているという自信があり、ぼくも地道に営業活動をしています。
データを見てもいまだに売れ続けていて、ベストセラーじゃないけど、ロングセラーってこういう感じなのかーと。
去年の5月に出た本がいまだに動いてるっていうのは、今の出版の世界ではすげえことです。
でもぼくひとりでは限界があるんで、「よし!手伝ってやろうじゃないか!」という書店員さんがいらしたら声をかけてください! ホームランじゃないけど、一緒にバントを打って走りましょう!いや……このイメージなんか大変そうだな……と思ったのでやっぱヒットです!ヒット!
まだ読まれていない方はこの機会に。
というわけでちょうどいいので宣伝しておくと、今月末にこの本にまつわるイベントがあります。

【1/27(金)19:00〜】「『人工』知能と知能を考えるための61冊」を読む #1 〜愛と悲しみの人工知能 篇〜

ゲームAI開発者の三宅陽一郎さんとの対談です。よろしければぜひ!

▼『夏の方舟』

こちらも無事刊行。年間ベストにあげてくれている人もいて、ありがたい限り。人を選ぶ本だと思いますが、去年の写真集「緊縛男子」とか好きな方ならおすすめできます。マジで。
あと、これはですね、とにかく「非」さんの絵が本当に素晴らしい。装丁担当の方も頑張ってくれて、イメージ以上の仕上がりになりました。モノとしての本の造形美もじゅうぶんに備え、めっちゃオーラあります。
夏に読んでもらいたかったので、発売時期もちゃんと合わせられて理想的でした。
こちらも根強い人気があって、いまだにほしいのに手に入ってない……という方もおられるようで……地方は厳しいのか……。ぜひとも、「この本を売りたい!」という書店さんがあれば教えてください。なにかお手伝いできることがあれば行きます!
あと、もし直島とか豊島あたりのミュージアムが置いてくれると嬉しいです(モデルにした土地が豊島なんですよ)。

かつくらでのロングインタビューもあわせて。


▼ボードゲーム

双六丸忍法帖畳地獄

去年の新しい試みとしてはボードゲーム製作だなー。
ツムキキョウくんとぼくのサークル「RAMCLEAR」として活動しているんだけど、まあこれは趣味です。
ふたりでいろいろと喧々諤々の末に完成したんだけど、かなりのクオリティで仕上がり、評価も高く、拡張カードも作った。3年は続けるつもりなので今年も新作出します。仕込み中ということなんでお楽しみを。
去年はゲームが出来たタイミングで地震がきて、イベントをやる予定だったゲンロンカフェさんにもご迷惑をかけたのだけど……今年こそはリベンジするよ!みんなでゲームやろう!

というわけで去年のふりかえりだけど……まだ続きます!
ちょっと長いんで、明日更新。

 


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師走がきた!!!

師走がきたあああまる!!ねむみ……ゲロみ……ママママ……JK言葉を使いながら時代に乗り遅れまいとする俺ですがとにかく師走ですよええ。もうめっちゃ師走みがありすぎてはげてますまる。今年は本厄なんですがマジキましたねまさかこんなに来るとは思ってなかったすよ厄。地震から難聴から頻尿まできましたからねまる。これはつらい!だがおれは生きますよ。

▼『十年後のこと』に寄稿しております

海猫沢の掌編「呼吸」が収録されています。掌編って原稿用紙五枚くらいなんですが、「掌」だから五枚なのか!といまさら気づいた。

▼「草獅子」にエッセイ
lp1
双子のライオン堂さんが創刊した文芸誌「草獅子」にエッセイを寄稿しております。インディペンデント雑誌ながらすごいクオリティ!

NovelJam 審査員として参加いたします
チームを作って2日で小説をかいて電子書籍で売る! 小説版のハッカソンとも言うべきNoveljam、この無謀とも言える試みが面白い。
http://noveljam.strikingly.com/
藤井太洋さん、米光一成さんとともに審査員として参加いたします。
短編なら2日で書けなくはないと思うので、問題はクオリティですが、やっぱこういうのは勢いが重要なので2日でいけます!やっちゃってください!期待してます!

▼12/3朝日新聞朝刊にエッセイ
朝日新聞週末別刷り「be」にて「作家の口福」というテーマでエッセイを書いてます。三週連続なのでしばらくお付き合いを。

▼12/7「ディスクロニアの鳩時計」掲載 ゲンロン4発売


ゲンロン4、七日発売です!まとめに入っておりますがなかなかおわらぬまる。
というか今回は現代日本の批評特集の最終回ということでゼロ年代も射程にはいっております。おもろいのでぜひ!


▼12/11(日)ゲームマーケット出店情報

今年からアナログゲーム製作ユニット「RAMCLEAR」を立ち上げたわけですが、年末にまたゲームマーケットが行われるので出店いたします。詳しくは以下
http://gamemarket.jp/booth/gm1800/

頒布物は
・畳地獄(¥3000)

・畳地獄キャラ拡張カード(無料)
・邪宗門通信(無料)
・真・畳地獄 セレブパック(¥100,000)

なおキャラカードは畳地獄購入者に無料で差し上げることになっているので、もし前回お買上げのかたがおられたら教えてください!

 

▼サイゾーにて座談会参加
次号サイゾーに掲載予定ですが、石丸元章さん、磯部涼さんと三人でドラッグ文学について語っております。石丸さんの「SPEED」はマジで傑作なのでなぜこんなにも評価されていないのかわからない!わからなすぎる!なにかがおかしい!これがギフハブの陰謀なのか!?そんなタイミングでASKAさんが逮捕されたので石丸さんがめっちゃテレビ出てました。なんというか、石丸さんとはお会いするたびに人間観にシンパシーを覚えます。人間っていうのはどんなクズもエライやつもカッコいいやつも結局のところ滑稽で笑えるんだってところで絶望しきって突き抜けてる感じのブルーズ。

▼12/25文化系トークラジオLife
年末ということで文化系大忘年会です!ぜひ一年の総括に聞いてみてください。

 

えーまだまだ今年は終わっていないのでがんばりたい!がんばらないようにがんばりたい!最小限の動きだけでなんとかしたい!!!!!!とにかくやりますよあうあおあおあおあうあうおあああうううううううううう!!!ぽすととぅるーすうううー!!!


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文化系トークラジオLifeの10周年イベントが行われます

▼Life10周年イベントが行われます

のですが……すでにチケットが売り切れている模様。
ありがとうございます!
もしかしたら当日キャンセルとかあるかもなので、引き続き情報チェックおねがいします!

http://life10th.peatix.com/

そして前回の放送もTBSラジオクラウドにて聞けるようになっております。

http://www.tbsradio.jp/life/index.html

life201610_610_343.png

夏もすぎて過ごしやすい季節になってきたので、そろそろ集中して仕事しようと思います。とかいいつつやったことないんだけどやっぱあれですね。モチベーションとかもうどうでもいいですね。黙って死んだ目で手を動かすべきなのでまず死ぬべきですかね?ヌードになるべきすかね?それはべっきーすかね?いやとにかく今年はマジでやばかったす。今年の俺、バイトしてる大学生くらいの年収だからね。こないだ漱石のドラマ見てたら「金がほしいぞ!」と叫ぶ場面があったんですが、そんなかんじです。あーなんか全身にローション塗りたくってテカリまくった水着の女神様が突然家にやってきてベリーダンスしながら全身の毛穴から5億円分の純金出してくれないかなあー。そうしたら四億円あげますよ。どうすかね?悪くない話だと思うんですが。そろそろ終活カウンセラーのところに行くフラグですかね?また来月あえるといいね!目は死んでますがぼくは元気です。


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涼宮ハルヒの声

文化系トークラジオLife、2016年10月放送分のテーマは2.5次元。ということなのですが、予告編をきいて、過去に書いたこの原稿のことをちょっと思い出したので考えるきっかけとして掲載しておく。
いやしかし五年前の原稿にもかかわらず、えらい風景が変わったなあ……あのころってVRやらAIやらほとんど話題になってなかったもんねえ。


涼宮ハルヒの声

架空のキャラと人間の命はどちらが重いのだろう。
そのような問いは立てるまでもないことなのだろうか。そんなことを正気で聞くぼくは変なんだろうか。

2011年5月31日。ある声優に2ちゃんねるで殺人予告をした男が札幌で逮捕された。
犯人はツイッターのアカウントを所有していて、ニュースを知ったぼくは興味半分にそれを見た。定型文の続くタイムライン。埋め尽くされた殺人予告と鉄道ネタ。遡ってみると、偶然かもしれないけれど、彼の危険なツイートはちょうど震災を境にして発生していた。そのツイートには、奇妙なことに生々しい感情がなかった。まるでプログラムのように無機質な宣言文。botの吐き出している定型文ではないかと思ってアカウントを見ると、彼自身の、そのままの本名で運営されていた。名前を隠さないという無防備さから、彼の現実に対するアンバランスさが感じられ、奇妙に現実が歪んだ気がした。

ぼくは10代のころ、ある声優のファンだった経験がある。好きだったあるマンガがアニメ化されると聞いてワクワクし、ビデオに録画してそれを見た瞬間、その声が、あまりにキャラクターのイメージのまんまだったことに胸が高鳴った。そして、ぼくはその声優に一瞬で恋をしていた。いま考えると、その声優は決して整ったルックスだったわけじゃない。一体どこが好きだったのかわからない。ぼくは架空のキャラクターのかけらをその声優のなかに見ていたのだろう。
架空のキャラクターに声が吹き込まれるとき、あたかも命を持ったなにかのような、ひとつのリアリティが立ち上がってくる。それはそのキャラクターが固有の存在であるという証の魂(ゴースト)だ。いもしない架空の人物だというのに、絵や声や性格を通して、ぼくらにはなぜかそれが「そのキャラだ」ということが直観的にわかってしまう。ひとりのキャラにひとつの声が割り振られたときに立ち上がる強固なキャラ性。そのとき、声とキャラクターは不可分に結びつく。このとき、声優はキャラに肉体を縛られた存在となってしまうのかもしれない

 殺人予告をした犯人はハルヒの声をあてた声優、平野綾のファンだった。言うまでもないが、平野綾はハルヒ放映後に人気声優となって活動の幅を広げていた。ゴールデンタイムのバラエティ番組でみかけることも多くなり、そのなかで必然的に現実に生きている人間としての一面も見せるようになっていた。少数のファンがそれに戸惑っていたのはぼくも知っていた。あくまで想像だけれど、そのことが事件に関係があったのかもしれない。もしそうだとしても、自分の中でつくりあげたイメージを他人に押しつけてしまうのは一種の暴力だ。擁護するのは難しい。ぼくが気になったのは、ハルヒというキャラに声優を同一視させてしまうほどの力があったということなのか。それとも平野綾の声にハルヒを「キャラ」として立ち上げる力があったのだろうか、ということだ。声は身体だろうか。それとも身体とは別なのだろうか?
かつて、声はまぎれもなく身体から発するものであった。ならばヴォーカロイドは何と呼べば良いのだろう。一般的に、身体は現実に対する楔のように考えられているけれど、虚構の世界に耽溺している人間の身体感覚は限りなく薄い。ぼくらは虚構と現実のはざまに住んでいる。ちゃんと地に足つけて論理的に考えてみれば、ここが現実か虚構かなど判別がつくわけがない(決して天の邪鬼な発言ではない)。でもこんなのは千年前からみんなが考えていた時代遅れのグノーシス主義だ。グノーシス主義とはおおざっぱにいうとこういう考え方だ。

「この世界はひどいクソゲーで、本当の世界のぼくはいまごろヘッドセットつけて二階の部屋のなかで寝転がってニヤニヤしながらこのクソゲーをネタ半分に楽しんでおり、そんなぼくの隣の部屋では中学校に入ったばかりの妹(大人気アイドル)が仕事から帰ってきてエロゲをやっていて、一階ではどうみても18くらいにしかみえない巨乳の母親(血が繋がっていない)が晩ご飯を作っている。そろそろ隣の家の幼馴染み(ロシア帰り、元スペツナズのクールな殺し屋)がぼくを起こしに来てくれるはずだ。そう、本当の世界のぼくはとても幸せなのだ。しかしこのクソゲー、マジ終わる気配ない。クソゲーさんマジクソゲー」

映画マトリクスなんかでおなじみの世界観だけれど、グノーシス主義は、キリスト教発生と同じくらいの時期に存在したと言われる古代の宗教・思想の一つだ。グノーシス主義では我々の住むこの宇宙は邪悪な神の作った世界で真の神についての認識に到達することでこの宇宙から脱出可能だと説く。この退屈な世界は実は嘘で、本当はどこかでもっとトンデモなことが起きているはずである……という「消失」バージョンのハルヒの思考とどこか似ていないだろうか(消失でサティの「グノシエンヌ」が流れるのは偶然ではない)。古来からこうしたグノーシス的な物語というのは枚挙にいとまがない。そして、こうしたグノーシス的な世界への確信を深めることによって、虚構と現実の壁はいともたやすく崩れ去ってしまう。先の犯人の固有名への無頓着さ――自分をまるでキャラであるかのように、現実へと乱暴に放り出せてしまうことにそうしたグノーシス的な感覚を見ることは難しくない。

ぼくらは、いま、悪夢のような反宇宙にいるのだろうか。だとしてもきっとそれはぼくらには一生わからない。たとえグノーシス的な世界だとしても、ここ以外のどこかへ行けないぼくらはここで倫理を追究しなくてはならない。でも、その倫理をつきつめてストイックに生きることはニーチェの「超人」くらい困難だ。「超人」とは、人間を越えて「キャラ」になることへの欲求だ。だからこそぼくらはまるで「キャラ」のように振る舞う芸能人にあこがれる。だからと言ってコトはそう簡単ではない。小倉優子の「キャラがぶれているキャラ」というアクロバティックな論理。宇多田ヒカルの「人間活動」発言(いままで何者だったと!?)…これらから読みとれるのは肉体を持ちながらキャラでしかいられないことへのねじれた苦しみだ。
キャラとはひとつの呪いであるかもしれない。けれどそれを祝福に変えることもまた可能なはずである。
声優とは、キャラでありながら、ひとりの人間であるという、ふたつの矛盾した現実を同時に生きることが可能な存在であるとぼくは信じている。人でありながらキャラでもある、そんなふうに少し強くなったハルヒの声を聞くことをぼくは願ってやまない。

 

初出(ユリイカ2011年7月臨時増刊号 総特集=涼宮ハルヒのユリイカ! The girl greatly enlivens the criticism! 2011/6/14)


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