月別アーカイブ: 2011年7月

新刊『ニコニコ時給800円』本日発売です

ということで、昨日、TBS文化系トークラジオLifeにゲストで出演。宣伝させていただいたところですが、みなさまお待たせしました。
新刊『ニコニコ時給800円』集英社より本日発売になりました。

どんな内容なのか詳しく知りたい! という方にはこちら、

『ニコニコ時給800円』刊行記念対談
海猫沢めろん×西加奈子
何で働かなあかんのん?

西加奈子さんとの新刊インタビューがちょうどあがっていますのでご覧を。

連載から本になるまで非常に時間がかかってしまいましたが、すでに読んだ方々から好評を得て胸をなで下ろしています。
特に、角田光代さんからは帯の推薦も頂きました。ありがとうございます。『エコノミカル・パレス 』を、私なりの違う角度から描きたいという想いもありましたのでこれは本当に嬉しかったです(あと、執筆中、フリーター時代に読んだ岡崎祥久さんの『秒速10センチの越冬』を思い出したりしてました)。

自己啓発本や成功哲学本が書店に並ぶ世の中ですが、正直、そんなものに興味が持てず、ぶっちゃけ働きたくねえし、でも別にニートやヒキコモリになるとか、開き直ってるわけでもなく、なんとなく働いて生きてる。でも、これでいいのかわかんない! でもがんばりたくないんだ!

そのような方々(自分も含む)が、考えたり、面白がったりして、読後になんとなく悪くない気分になってもらえたらなと。就職活動してる大学生や、新入社員、働くってどういうことなのか考えてる人に読んでもらって、なにか考えたり行動する糸口になれば幸いです。

時給800円の皆様におかれましては、ぜひ二時間働いてお買いあげください。
損はさせません。

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TBSラジオ「文化系トークラジオLife」に出演しました

昨日のTBSラジオ「文化系トークラジオLife」に出演させていただきました。
テーマは「旅」でした。
ゲストという形で、アニメの聖地めぐりの話や、後半はちょっと内面へのトリップの話など、すこしだけ話に加わりつつ、こっそり新刊を宣伝したり、大変おもしろかったです。
出演者の皆さん、メインパーソナリティのチャーリー。ありがとうございました。
僕はかなり古くからのLifeリスナーで、本編はもちろん、ポッドキャストの外伝も全部聴いています。Lifeはいつも創作のネタになるような突っ込んだ話が聞けて、考えるきっかけになり、今回の新刊『ニコニコ時給800円』も、Lifeのパーソナリティやリスナーの情報に助けられた部分がありました。

放送を聴けなかった方もぜひ、近々アップされるPodCastをダウンロードして聞いてみてください。

メモ:
・旅は「行って帰ってくるもの」だけれど、柳瀬さんの「帰ってこない旅がある。それをしてきたのがアメリカ人」という話でブラッドベリの『火星年代記』を思い出した。なるほど、あれは確かにそう考えるとアメリカ的な話かもしれない。

・紹介した植島さんの『聖地の想像力』における聖地と、アニメの聖地にはいろいろと違いがある。具体的な部分では、前者が場所に規定されてしまうのに対して(たとえばストーンヘンジなど、動かせないものがあったりするので、場所とモニュメントがセットで考えられている)、後者は読み替えの自由がある。ゆえによりハッキングしやすい。ぼくが他の聖地ではなくAirの聖地が好きなのは、あれが「らき☆すた」の鷲宮神社のように具体的な場所ではなくて、どこにもありそうだけど、どこでもない場所だからです。いくらでも聖地を作り出せるけれど、おそらくそのとき見つめているのは記憶の中にある聖地であって、その場所ではない。データの海に埋没し、自分の記憶にアクセスしている瞑想的な時間なのではないかということです。要するに、どこでもない景色を通じて、自分のなかにあるひとつの聖地を見つめている。

・斎藤哲也さんが自分の複数性はどうなるのかという疑問を提示されていましたが、ぼくは、日常を非日常として見ている自分は、そのとき、フィクションの聖地にいるキャラになっている=キャラとしての自分と実存としての自分、という二重性を抱えているのではないかと思っています。

・旅というのは、ある場所の疑似データを、現実にそこへ行くことによって同期させて 、その差分を味わうということでもある。そしてその差分というのは番組内で宇野くんが言っていた「偽史的想像力」の一部かもしれない。

・身体性とか超越に落とし込まれちゃうのはぼくもすごく嫌いで、そうじゃない道としてネットワーク(アーキテクチャ)があるが、両方を同時に展開させていくことは可能か。

・チャーリーの疑問「身体性でわかるわからないという格差。ニコニコで書かれている、働かされる側ではなく、店長の側、自己啓発でうまくやれたほうの問題をどう考えるのか」(うろおぼえだ……もっかい聞こう)この問題に関しては結論が出ていないので、きっちり考えなくてはいけない。

・あと、アキハバラを聖地=珍しい観光名所として扱っているひとほどわかっていないことが多いんだけど、アキバで重要なことは「プライベートスペースの拡張」。あれはオタの部屋がスケールがでかくなったものであって(だから昔は、路上にエロゲのポスターが貼ってあるという事態になっていた、ってことだと思う)、非日常ではなくて、オタにとっては日常の拡大に近い。

※ちなみに訂正ですが、見田竜介さんを、見田宗介さんの孫と言っていますが、これは息子さんの間違いです。

 


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左の眼球譚

台所で思いきり鼻をかんだら、左目が飛び出した。
びっくりしながら蹲って目玉を押し込んでいると、背後から、なにしてるんですかめろんさん、と同居人男子の声がしたので私は思わず、イ、インターネットッ! と口走った。病院を調べてくれ(君のインターネットで)という意味であるが、真意が伝わるまでに約五分を要した。
すぐに近くの大学病院に自転車を走らせ、診察を受けた結果は「眼底骨折」。そういえば昼間、ジムでスパーリングをした際に強烈な右のカウンターを喰らった覚えがある。医師によると、鼻をかんだときに、折れた眼底から空気が入るのは良くあることらしく、見え方に問題なければ、感染予防の薬を飲んで安静に……と、会話の途中でとつぜん口を止めた。訝りながら、どうかしましたか? とたずねると、医師は私の眼を看ながら、眉をひそめ、ああ……あなた緑内障もアルね、と怪しい中国人みたいな口調で云った。
骨折よりも緑内障のほうが深刻なので、早期発見は怪我の功名であると告げられたが、私は釈然としない気分であった。数年前、一本歯の高下駄を履いて歩くだけで、古武術的な身のこなしができるようになる、と甲野善紀の本に書かれていたのを読んだ私は、さっそく一本高下駄で近所を徘徊しはじめたが、慣れてきた頃、車に跳ねられた。
事情聴取で保険会社の方に、そのときあなたは古武術的な身のこなしで避けることはできなかったのか? と追及されたが、古武術が編み出された時期に自動車はありませんでしたと反論。
この事故で私は半年は楽に生活できるくらいの保険金を手に入れ、しばらく自宅で楽しく暮らした。それに比べると今回の「怪我の功名」は、功名度が低いと云わざるを得ず、どちらかというと弱り目に祟り目という言葉のほうが似合っている。まあ、なんにせよ患ったものは仕方ない。二つのうちの一つなのだし、大したことではない。
無精な私はその後、病院へ行くのを億劫がって、検診を無視してしばらく眼帯をつけたまま家で寝て暮らしたが、片目なので何をしてもすぐに疲れる。仕事も手につかないが、読書くらいは楽しみたい。なにか片目で読むのに適した本はないかと頭をひねっていると、北條民雄の短篇に「眼帯記」という題名のものがあったことを思い出した。残念ながら題名だけで、中身を知らない。ちょうどよい機会なのでどんな話だか読んでみようと、夜の図書館にでかけ、眼帯のままそれを読みはじめたのだが……読み進むにつれて背中に嫌な汗がにじむのを感じた。
眼帯記」は昭和初期の文学界に発表された、いわゆるサナトリウム文学と呼ばれる類の小説である。抑制された絶望と淡々とした希望の描写、行間から漂うクレゾールのにおい……北條は二〇歳のときハンセン病を発症、二四歳で病死している。筋金入りである。流石に冗談を云う余地も見あたらない。話は、いきなりベッドの上から始まるので一瞬わけがわからないが、良く読むと“部屋の者はみな起き上がっていたが”などと書いてあり、要するに最初から病院の大部屋にいる病人が、さらに病気になるという底なしにデフレスパイラルな話なのだ。
ある朝、眼に痛みを覚えた主人公は医局の眼科に行って眼帯をもらい、眼帯をした彼は、それを病院の友人みんなに見せびらかし、悲観しているふうを大げさに装ったり、強がったりする。このあたりはまだ少し明るい。主人公の病状はまだそれほど悪化していないので、おどけてみせるくらいの余力がある。このまま逞しく生きてくれれば良いものの、後半で眼病の少女がじっと耐え、眼をガーゼで温めているのを目撃“これが徒労であるなら、過去幾千年の人類の努力はすべて徒労ではなかったか!”と、慟哭。最後は自分よりも眼が悪いTという男に「今のうちに書きたいことは書いとけよ」と云われ、自らもまた迫り来る死の病から逃れられぬこと痛感して凹む……。
読んでいるあいだは、眼病が悪化するような気分だったが、読了後は不思議と落ち着いた気分になった。真っ直ぐに救いを求める北條の姿勢は、抜き身で苦悩と切り結ぶような覚悟と凄みがある。読みながら私が思い出したのは、夜と霧 で有名なV・E・フランクルの言葉だった。ナチスの強制収容所を生き抜いた彼は、どのような状況にあっても人は生きることに意味を見いだせる、と説いたが、同じく、極限状態を生きた北條も、その境地にたどり着いている。フランクルは収容所の人間たちを剥き出しの「裸の人間」と呼び、北條は処女作『いのちの初夜』において、病で人の形を失いつつある病人たちを、人間ではなく、ただの「生命」と呼んだが、それらは決して否定的な意味ではない。二人が目指したのは、それを肯定したうえで「新しい人間」になることだった。しかし北條は、恐らくそれに挫折した。救われてしまえば言葉は無用、北條は最後まで業を背負って言葉を紡ぎ続けた。その姿は「新しい人間」などではなく、業から逃れられぬ「悲しい人間」である。だが、私はそれが羨ましい。
気づくと、図書館からは誰もいなくなっていた。私は手洗いに立ち、鏡の前で眼帯を外して眼を見た。
腫れは引いて、もう治りかけていた。

文學界
初出:文學界

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レーシックの経過

2010年10月21日(木)、レーシックを受けてから半年以上が経過しました。
三ヶ月検診までのまとめでは、

レーシックを受けてから三ヶ月経過したのだが、経過は良好。結果的にはいい感じになった。

と、書きましたが、この二ヵ月、突然ドライアイがひどくなっているような……。
これまでは朝起きても特に何の問題もなし。むしろ寝る前のほうが目が疲れていて、寝ると回復していた。しかしこの二ヵ月というもの、起きた瞬間にドライアイがピークに達しており、目のあたりの筋肉が凝り固まっているという状態。
果たしてこれがレーシックのせいなのかはわからないのですが、 他に原因がないので検査中。ストレス性の場合もあるので、もしかしたらそれかも知れませんが……。
とりあえずレーシックをやりたいと思っている人がたまにこのページを見ているようなので、念のために報告まで。

ちなみに絶対にリスクを犯したくないけどやってみたい……でも恐い……どうしよう……と思っている人は、これなどを読むと、きっと心が折れると思います(笑)

こういうのは危険だと思えばいくらでも危険なケースが出てくるし、安全だと思えば安全な情報も出てくるので、結局のところリスク計算が難しい問題です。私の場合は視力が0.01で、コンタクトが体質に合わず、疲れ目が酷かったゆえに手術したので、今のところは受け入れられる範囲かと。
さすがに……目をあけていられないほどひどくなったらまた違う のかもしれませんが。検査中なので経過を見ようと思います。なんにせよまあ、失明してもそれはそれでそういうふうに生きていけば良いわけですが。

ちなみにレーシックをすると眼圧測定がちょっと難しくなるようです。正常な値が出ないとか。

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